インドネシア情報局
インドネシアでの日々の出来事、生活情報、旅行情報、面白ニュース、お店等の最新情報を綴っています。またインドネシアを中心にアジアの様々なメーカー商品や商材を紹介していきます。 ビジネスに対する御質問もお受けしています。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

金劔宮 (金けん宮)
白山比咩神社へ向かう道中、金劔宮 (金けん宮)を通り過ぎる。

金劔宮の由緒には、「中世以来白山七社の一に数えられ、そのうち白山本宮・三宮・岩本とともに本宮四社といわれていた」と綴られている。

金劔宮 (金けん宮) 1

「古代出雲文化が早く海岸線を経て能登地方に及んだのに対し、この地方は大和文化の拠点であるばかりでなく、総じて県内では最も古い文化の発祥地であるから神社の由緒でも有名なことがらを数多く残している。」

金劔宮 (金けん宮) 2

神社の由緒書きには教科書には綴られることのない日本の歴史が語られていることが多い。

金劔宮 (金けん宮) 3

金劔宮 (金けん宮)の創立は崇神天皇の三年三月(神社蔵記録諸 神記・白山記攻証)。
「けだし鶴来町の発生と同時にこの地に鎮齋せられたもので 鶴来町の古地名は劔と記し社名又古く劔宮・劔神社と唱えた。
このことは地名と社名が一致したる好個の事例である。
近世に至って専ら金劔宮と奉称した。」

金劔宮 (金けん宮) 10

剣とはまた奇妙な一致で不思議な巡り合わせである。
秦氏の痕跡が多く、いつか訪れようと考えている、四国の剣山がついつい頭に浮かんでしまった。

金劔宮の主神は瓊々杵尊(ににぎのみこと)で、大國主神・大山咋命・日本武命・事代主神・猿田彦神などを併せ祀っている。

金劔宮 (金けん宮) 4

金劔宮 (金剣宮)は名前からくる因縁なのか、日本の古代の武将と縁のある神社である。
木曽義仲や源義経。

この神社には、源義経が奥州に落ちのびる際、参拝をし、腰をかけたと言われる義経腰掛石が存在している。

金劔宮 (金けん宮) 6

「義経腰掛石について
源義経、奥州へ落ちのびる途次、金劔宮に 詣でた。その折境内のこの石に腰掛け、眼下に 広がる平野や手取川を眺めたと伝えられる。 義経記巻七に、「安宅の渡りを越えて根上の 松に着き給ふ。……明くれば白山に参りて 女体后の宮(白山比咩神社)を拝み参らせて、その日は 剣の権現(金劔宮)の御前に参り給ひて、御通夜 あり、夜もすがら御神楽参らせて、……」と、 あるによるなり。
尚、往古義経笈掛の松もありしと言う。
※笈=修験者や修行僧が経典や衣類を入れて 背負った葛篭」

悲劇の天才武将、源義経。
鎌倉に生きていることを知らせんばかりに、何故か東北には義経の足跡が非常に多く、そんな伝承、遺物から「北海道へ逃亡後、モンゴルへ渡り、チンギス・ハーンになった」という説が存在しているのも有名である。

その説は全く否定しきれるものでもない。

源義経

林羅山(江戸時代初期の儒学者)は、幕府の要請で編纂した日本通史「本朝通鑑」に「義経衣川の役で死せず。逃れて蝦夷島に至り、その遺種存す」と綴っている。

新井白石は、アイヌ伝説の「オキクルミ」という神様が、実は義経であったという大胆な仮説を述べている。

また「大日本史」を編纂した水戸藩主徳川光圀は、その中で「義経本人は死を偽装してどこかへのがれてしまったに違いない」と推理している。
光圀は海風丸に調査団を乗せ、蝦夷地で義経の痕跡を徹底的に調査した結果として述べている。
民間信仰の中に「ホンカンサマ」=判官という神の名の存在を発見している。

成吉思汗

源義経=チンギス・ハーン説を「悲劇の主人公の物語が好きな日本人が生み出した空想」と一笑する人も多い事だろう。 今語られている歴史は常に勝者が創り上げてきた欺瞞が入り交じっていることを考えず、また常識のみに囚われた脳みそはほとんど何も生み出す力がないことを他所にして。

下記に紹介する本を手に取るまで、私も名前さえもしならなかったし、要するに一般の人が知る由もない人物が昭和の時代に昭和天皇を指南する「国師」として、近代日本の歴史の裏で活躍していた。
京都から宮中に招かれた中化神龍師こと三上照夫。
生前の彼は神通力、物質霊媒力の持ち主で政財界でも畏怖されてきた人である。
その中に「義経の因縁は成吉思汗に繋がり、その成吉思汗から楠正成に繋がった」という輪廻転生の物語が綴られている。

天皇奇譚

天皇奇譚 学研パブリッシング  高橋五郎 著

ご興味あったら、手に取ってみるといい。
高橋五郎氏の話をトンでも説にとる人もいるだろうが、「天皇のスパイ」や「天皇の金塊」など他の著作を読めば、そういう類の本ではなく、更に高橋氏が一般的に人が知ることの出来ないことを知ることのできた立場にいたことが良く分かる。

さて話が飛んだところで、金劔宮 (金けん宮)への単なる参拝日記に話を戻そう。

この神社には、神霊が降臨したと伝わる影向石、天忍石(形が子牛に似ているので牛石とも伝えられる)も存在している。

金劔宮 (金けん宮) 5

大雨でも干天の時も水量が変わらなかったと伝えられる天の真名井も存在する。

金劔宮 (金けん宮) 7

私には霊感は皆無、無霊能力者なので、奇異なことは何も起きない。

金劔宮 (金けん宮) 8

この参拝終了時、神社を後にしようとした時に、右足の靴底のゴム部分が剥がれた。
先端だけで唯一接着し、ベロンと剥がれ落ちそうな状態だった。
「明日の登山中だったら、エライことでしたね!」と若い衆。
「おお、危なかったな。 靴底の点検まで気が回っていなかったからなあ…。 有難いことだ。 これぞ神の警告」と笑いながら、金沢の街へ向かう途中で靴屋に寄ったのであった。

金劔宮 (金けん宮) 9

金劔宮(金けん宮)は太陽光線に照らされた緑と光線のコントラストがとても美しかった。

金劔宮
住所: 石川県白山市鶴来日詰町巳118-5



 にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ   

ご一読、感謝しております。


テーマ:日本の旅 - ジャンル:旅行

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://infoindonesia.blog17.fc2.com/tb.php/2513-2c480256
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
商品・商材を、日本を含めた世界へ
紹介・輸出しています。
インドネシア情報満載のブログです。



カレンダー

11 | 2016/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31



最近の記事



カテゴリー



月別アーカイブ



最近のコメント



最近のトラックバック



リンク

このブログをリンクに追加する



RSSフィード



FC2カウンター



ブログ内検索



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード



フリーエリア



フリーエリア





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。