インドネシア情報局
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伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群
石川県宝達志水町。
能登半島の最高峰、宝達山の麓には伝説の森モーゼパークがあり、モーゼの墓が存在している。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 1

モーゼと言えば現在行方不明の十戒石板だが、宝達山にモーゼの墓伝説が存在するのは、怪しい歴史を追う者にとって、夢があり興味深い。
全てではないにしても、時に地名は古くから伝わる由来が存在し、また暗号となっていると思えるケースもある。
宝達山=宝が達した山

この公園、偶然なのかもしれないが、設計した方は何らしかの知識を持っているような片鱗も伺える。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 10

伝説の森モーゼパークに関しては、ネット上でも語られているので、改めて怪しさだけを強調して綴るのは面白くない。
とはいえ、詳しく綴るにしても、民間人で単なる趣味人では参考とする資料もないので、宝達志水町役場 産業振興課ふるさと振興室にメールにて問い合わせを行い、非常に丁寧な回答を頂いたので、そちらも参考に進めたい。

モーゼパークは、町商工会が町おこしの一つとしてスタート。
1989年 旧押水町の商工会員や町議らがモーゼクラブを発足。
1993年 モーゼパークを整備
国が全国の市町村に1億円を配った「ふるさと創生事業」などを活用したそうだ。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 4

立てられている墓記帳所。
この中に何故この地にモーゼ伝説が存在するかが記されている。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 2

一般的には偽書とされる「竹内文書」には「モーゼが十戒石を持って日本を訪れ、天皇に献上した」と記されているようである。
竹内文書が偽書扱いされるのは、あまりに奇想天外な日本と世界の歴史が描かれているからである。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 3

モーゼ(モーセ)は、旧約聖書の『出エジプト記』などに現れる紀元前13世紀ごろ活躍したとされる古代イスラエルの民族指導者であり、預言者の一人である。

モーセ 5
ミケランジェロ作のモーゼ像

チャールトン・ヘストンが演じ、紅海割れのシーンが有名な映画をご覧になった方も少なくないだろう。

モーセ 3
モーセがナイル川から拾われる場面。
シナゴーグから出土した3世紀頃の壁画。
こちらで判断する限りでは、白人系ではないことが分る。

「出エジプト記」をざっくりと斜め読み直すと、非常に重要な歴史が綴られている。
古代イスラエルの三種の神器が登場する。

モーセ 2

マナはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。
モーセはアロン(兄)に言った。「1つの壺をとり、マナ1オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のために蓄えなさい」(マナの壺)

モーセは十戒石を持ち、山を降りると、人々は子牛の像を神として拝み、背信していた。
彼は怒りに燃え、手からかの板を投げ打ち、これを山のふもとで砕いた。

モーセ 1
モーセの十戒 レンブラント作 

主はモーセに言われた、「あなたは前の様な石の板2枚を、切って造りなさい。わたしはあなたが砕いた初めの板にあった言葉を、その板に書くであろう。 あなたは朝までに備えをし、朝のうちにシナイ山に登って、山の頂で私の前に立ちなさい」

モーセの十戒石板は砕かれたものと板のままのものと2種類存在するということになる。

さて日本に存在するモーゼの墓に話を戻そう。
「熊に注意」という看板が掲げられている様に、公園入口から山道に入っていく。
あまり訪問する人もいないせいか、やたら蜘蛛の巣が顔や腕に絡みついてくる。
危険は何も感じないが、おかしな事件も多い昨今、人気のない場所なので、女性の一人訪問はあまりお勧めしない。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 5

しばらく歩くと説明書きのある場所へ到着する。
その背後がモーゼの墓=三ツ子塚古墳群である。
ここは3つの古墳ではなく、10基の古墳から成り立っている。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 6

墓記帳所の説明だと、一番奥の大きな古墳がモーゼの墓で、向かって右がモーゼに嫁いだ天皇の第一皇女、大室姫で、左が孫の古墳に該当する。
確かに古墳であるかのような趣は、かろうじて見て取れるが、古墳と言われないと単なる小高い丘で見逃してしまう。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 9
7月初旬。 時期は過ぎているが紫陽花が美しかった。

宝達志水町役場 産業振興課ふるさと振興室へ「過去に発掘調査が行われたか?」に問い合わせたところ
「学術発掘調査は行っていない」との回答を得ている。

反面「基本調査は行われている」。
基本調査は、石川県教育委員会による県内古墳群の分布踏査によるもののほか、石川考古学研究会会員によるフィールドワークが主な成果として挙げられているそうだ。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 8

大型の円墳については葺石・埴輪を有していることが報告されている。
出土品については土師器を主体としているとみられますが詳細は不明。
身分等についても不明。

小高い丘を登ると、モーゼの墓であることを示した木の棒が立っている。

伝説の森モーゼパーク モーゼの墓=三ツ子塚古墳群 7

モーゼの墓を訪問し、この風景でずっこける人も多いようだが、原日本人(アイヌやクマソ)だったか、異邦人だったか、大和朝廷の基礎となる渡来人の一族だったかはさておいて、古墳=身分のあった人の墓上である。
この丘でツバや小便は禁物だろう。

私が明日香村の石舞台がいいなあと思うのは、お花が添えられているだけでなく、世話をしている方の「お墓ですから」という台詞を耳にしてからである。
古墳=日本にDNAを残した方々の祖霊が眠る場所でもあるので、手を合わすぐらいの気持ちは必要だろう。

ここまではモーゼの墓ということを証明するものは何もない。
私が質問した内容で一番気にしていた点とその頂いた回答を記しておく。

質問
「戦後GHQが発掘調査を行ったという話を目にするが、それは本当ですか?
仮にそうだとした場合、何の目的だったのでしょうか?」

どうもGHQは日本人のルーツ調査の為か、古墳を含めた様々な場所の調査を行っていた可能性が高い。
それ故に噂になっている点が真実ならば、この古墳を「モーゼの墓ではない」と言い切れない理由にもなるための質問であった。

回答
「宝達志水町地域では、戦国末期に高山右近、内藤ジョアンやその他のキリシタン武将を前田家が受け入れ、それぞれ領地があった事がローマの記録などに残っている〈前田家の記録からは抹消されている〉事から、キリスト教に関連する遺跡として調査が行われたらしいことが、第2次世界大戦後、当時にアルバイトで参加した地域の方より聞き取りをいたしました。」

さらっと読むと何でもない回答にも取れるが、非常に重要なことがたくさん詰まっている。

・前田家の記録からは抹消されているが、ローマの記録ではキリシタン武将の領地であったこと。
・キリスト教に関する遺跡として調査が行われたらしいこと。
この地で何故キリスト教に関する遺跡調査が行われたのだろうか…?
戦国キリシタン大名の遺蹟調査とは考えにくいと思われるのだが。

1587年 豊臣秀吉はバテレン追放令を発令
1596年 再度禁教令を出し、京都で活動していたフランシスコ会(一部イエズス会)の教徒たちを捕らえて処刑。
1612年 江戸幕府は禁教令を発令

十戒 広隆寺
秦氏の寺、広隆寺にある十善戒は神から授かったと言われる十戒石の内容に良く似ている。

おそらく秀吉も徳川も、宣教師がスペイン領土拡大の為の尖兵であることに気が付いていたためであろうが、それだけではないのではなかろうか。
キリスト教と言えば、日本人はローマや西洋の在り方を想像しがちだが、キリストの教えや心などが真に根付いていそうな、例え現在は腐りかけていても、国を想像すると面白い。
国民には隠さず、しかし分からない様に、日本に根付いた原始キリスト教からすれば、西洋で成長を遂げたそれは全く異なる宗教になってしまっていたことも、布教禁止令に関係しているのかもしれない。
天皇家では1565年に正親町天皇が追放令(布教の禁止)を出している。

様々な想像が次から次へと湧き出る宝達山のモーゼ伝説とモーゼの墓。
観光地としてのパンチは弱いかもしれないが、私には訪問して良かったと思える場所である。

伝説の森モーゼパーク
石川県羽咋郡宝達志水町河原地内
電話 0767-29-8240

当文を綴るにあたっては、宝達志水町役場 産業振興課ふるさと振興室からの丁寧なメール返信が非常に役に立ちました。
担当頂きましたKH様、この場をかりて心より御礼申し上げます。
誠にありがとうございました。

モーゼは約束の地カナンに辿り着くことなく、120歳で没したと言われている。
モーセはモアブの谷に葬られたが、その場所は今ももって不明である。
「主は彼をぺテぺオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はいない」
申明記 34章

偶然とかこじ付けだと指摘する人が多いだろうが、カナン(河南)という地名は、明日香や橿原にほど近い場所にも存在しているのが、日本の不思議さや神秘さをさらに引き立てている。

                  モーセ 4

三ツ子塚古墳群=モーゼの墓の確証は何もないのだが、朝鮮半島にも近い石川県。
古代日本に渡来人が来ていたことは想像に易い。
仮にモーゼが永眠していなくても、怪しい遺跡ファンや想像を巡らせたい人には、町おこしに協力、モーゼパークとモーゼの墓は訪れて頂きたい場所である。



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テーマ:日本の旅 - ジャンル:旅行

コメント

ご無沙汰しております。

今回も大変興味深い記事にて
とても楽しませていただきました。

学生時代、来栖(くるす)という苗字の方に出会いましたが
なんとご実家が神主さんの家系でいらっしゃいました。
改めて考えるとわくわくします!

[2013/07/19 19:38] URL | そんけっと #5Q1fTanw [ 編集 ]

コメント
ご無沙汰です。

コメント、ありがとうございました。

御存じのとおり、日本はレビが国の(祭祀)王です。
何故日本の王が世界で一番継続した血統か、気づいていますよね?
私が怪しい記事を綴っても、信じる人は少ないでしょうが、信じられない人々を一気に反対方向へもっていくためにも〇〇制は維持されていると想像するといいですよ。

今上天皇は関東におられる覚悟のようですが、皇族や皇太子殿下が京都に帰り始めたら、いよいよ大きな変革が始まると思います。 天変地異、世界経済問題、戦争の危機の中で、伊雑宮に注目です。

今回モーゼの記事をアップしたのは、もちろん訪問してきたからですが、日本は預言者を有している可能性が高い国ということを理解出来る人にほのめかしたかったからです。
益々怪しくなるし、長くなるので、そこまでは綴りませんでしたが。    蘇民将来

[2013/07/19 23:53] URL | MASAKI #tFt0Pax. [ 編集 ]

初コメントです
初めまして。

インドネシア在住8年の者です。

某知人のフーチ情報

http://blogs.yahoo.co.jp/minako_action/11184446.html

で、

モーゼが、富山の尖り山周辺にいた・・というような話しやモーゼパークが出てきていたので、検索したら、この記事に当たりました。

以前もいろいろと検索するたびに、Masaki さんの記事に当たっていたので、何かあるんだろうなぁ〜という感じです。^o^

石舞台古墳にも、感じるものがあったのですね。

私も、今回、14年ぶりに日本に行った時に、石舞台古墳へ寄り、いろいろと感じるものがありました。

前出の方のフーチ情報だと、石舞台古墳は、ニビル星のナルト(扉)になってるそうです。

これから、ますます、いろいろ解明されていきそうですね〜。






[2014/03/01 13:54] URL | tunako #JalddpaA [ 編集 ]


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プロフィール

Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
商品・商材を、日本を含めた世界へ
紹介・輸出しています。
インドネシア情報満載のブログです。



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