インドネシア情報局
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津波で行方不明の少女 7年ぶりに家族と再会
12月23日に現地報道、ロイター、AFPなどで一斉に報道されていたのが「津波で行方不明の少女 7年ぶりに家族と再会」という記事であった。

もちろん生き別れた家族は少女が津波にのみ込まれて亡くなったと思っていたのだが、実は助かっており、全く関係のない人のもとで物乞いなどをさせられながら生きてきたという、狐につままれたような話であるとともに、アチェはイスラム色が強いのでクリスマスは全く関係ないが「クリスマスの時期に素敵なプレゼント」だなと思いつつも、実にインドネシアらしい話でもあると一人納得。

奇跡のよう話でもあるのだが、インドネシアの地方の社会的環境なら十分に起こり得る出来事でもある。
同様に今年津波の被害を受けた東日本。 行方不明者の方がまだ大勢いらっしゃるので、似たような奇跡が起こる可能性を考えたいが、インドネシアの社会的環境とは大きく異なる現実を考えると同様の出来事が起きる可能性は限りなく低いことに気づき少し凹む。

ともかく津波で行方不明、死亡したと思われていた少女が7年ぶりに家族と再会出来た出来事は、近年ほとんど見受けられず、多くの人々の脳裏から去ってしまっている「希望」や「光明」という言葉を思い出させる出来事でもあり、有難いニュースです。

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インド洋大津波で不明のインドネシア人少女、7年ぶりに家族と再会

2004年のインド洋大津波で行方不明となっていたインドネシア人の少女、メリ・ユランダさん(14)が、生き別れになっていた家族と7年ぶりに再会した。メリさんの両親が23日、明らかにした。

 父親(42)によると、メリさんは21日、両親を探してアチェ州ムラボのカフェに現れ、自分が住んでいた村と、村で良く知られた宗教指導者の祖父の名前をタクシー運転手に告げた。このタクシー運転手の助けによってメリさんは自宅に帰ることができたという。

 津波で家族とはぐれたメリさんは、ある女のもとで物乞いをさせられながら暮らしていたが、女からもう帰ってよいと言われたという。

 自宅からAFPの電話取材に応じたメリさんの母親(35)は、メリさんの腹部にある母斑と、顔のほくろや傷跡から娘であることが分かったと語り、「この喜びは言葉では言い表せない」と話した。

 メリさんの両親には3人の子どもがいたが、アチェ沿岸を襲った2004年の大津波で長女とメリさんの2人が行方不明になっていた。長女の行方は依然として分かっていない。この時の大津波では、インド洋沿岸諸国で22万人が犠牲になった。最も大きな被害を受けたのがインドネシアで、犠牲者の75%以上がインドネシアに集中している
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2011年12月23日 AFP


先日は遺跡を観に出かけました。

3連休にしては随分と車の流れは良かったものの、高速道路後に道路工事が原因で大渋滞。
車の流れがいいままなら、約5時間で到着するところが、30分の昼食休憩を抜いて、結局約7時間強かかってしまった。
遺跡に辿りついたのは既に16時近く。

遺跡から1時間位の場所に到着した時は空には雨雲が広がり真っ黒。
どこを見ても晴れ間が見当たらない空だったので「こりゃ、駄目かもしれないなあ」と思い始めた矢先から大粒の雨。
その後も雨足は激しくなったり、小雨になったりを繰り返しつつも、空から雨雲が払われる気配が全くなく、「せっかくここまで来たからとにかく目的地までは行こう」という思いと僅かな希望のみで前進。

遺跡に着いた時、空は暗いままでしたが、幸運にも雨がやみ、無事に遺跡見学を行えました。 雨が止んだのは単なる偶然にしろ、明るい希望が心にあると状況と結果も変わることもあるなどと思ったりもしました。

雨が止んだのは本当に有難かったのだが、今度は見学中に霧に見舞われたので、私のカメラと腕前では写真を撮るには結構厳しい状況でした。
しかしながら、遺跡を自身の目で見ることが主目的で、写真撮影が目的ではないし、霧に包まれた遺跡は太古の人類の記憶を蘇らせそうで、非常に幻想的でした。

Taman Purbakasla Cipari 1

後日ブログで詳しく紹介しますが、先行して数枚を紹介。

遺跡内にある小さな展示室も鍵がかかっていましたが、鍵を管理するおばさんは簡単に見つかり、出土品も確認出来、ラッキー。

まだあまりメジャーな遺跡ではなく、訪れる見学者、観光者も非常に少ないようで、休みの夕暮れ時にも関わらず、おばさんが大喜びしてくれたのはこちらも気分的に助かりました。
「天気が悪いから今晩は私のうちに泊まって、明日もう一度見学をして帰りなさいよ」とまで言ってくれる始末。

Taman Purbakasla Cipari 3

目と黒くて長い髪が綺麗な年頃の娘さんをわざわざ連れてきていたので、おばさんの家に泊まったら「これも何かの縁なので、娘を献上したい」とか言い出さねーだろうなあと頭に浮かぶと、ありえない話にしても、笑いを堪えられなくなった。

Taman Purbakasla Cipari 2

ここは石棺が2つ出ており、古代の祭祀上と権力をもっていた人の王墓をかねている遺跡のようです。

Taman Purbakasla Cipariという遺跡で、チレボンから車で約1時間。
クニンガンという、これまた不思議な伝説が残っている町の中心から遠くない地点です。

遺跡見学後、車で移動を始めたら再び雨。
しばらくすると日本でいうところのゲリラ豪雨と雷が長い時間続きました。

その様子を車から見た限りでは、インドネシア気象庁が発表している今年、来年の大雨と洪水は予想は当たってしまいそうな気配が濃厚です。

車の中から流れる景色を見ていると、多くの水田が水浸し、あちこちの川の水位もマックスな状態。
西ジャワ、特にボゴール近郊が水で溢れるとジャカルタも洪水になるりやすいと言われているのですが、私がインドネシア気象庁の予想が当たりそうだと思った根拠はそんなところにあります。




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MASAKI

Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
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紹介・輸出しています。
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