インドネシア情報局
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真野御陵 順徳天皇火葬塚と私的な佐渡ミステリー 下
真野御陵は火葬塚だが、御陵と同等の扱いで宮内庁書陵部で管理。
順徳上皇が崩御された翌日火葬され、その跡地に松と桜を植え目印としたのが真野御陵である。

順徳天皇火葬塚 2

島に流されると言っても、国の祭祀を司ってきた天皇=祭祀王である。
さすがに無人島に近い場所へ流すわけにはいかなかっただろうし、鎌倉時代前の平安時代などは霊や怨霊などの存在も、現代の様に科学で証明出来ないから信じる必要はなしではなく、真剣に人々の心に根付いていた時代だった。

そこで何故佐渡なのだろうと考える。
島が大きく、住民もおり、そこそこの生活が維持できそうな場所。
そんな理由で佐渡への配流が決まったのかもしれない。
古事記の国生みで7番目に生まれた島が佐渡であることに何か関連していたのかもしれない。

私はこの佐渡にも元々の同族がいたからと訪問時に思った。

天皇家とその祭祀をサポートしていると思われる賀茂氏、現在は名が見えなくなっていても秦氏、そして不思議な神道派であった物部氏、崇仏派の蘇我氏、非常に大きな鍵(家系図)を握っていると考えられる海部氏などなど。
仮に彼らが渡来人とした場合、朝鮮半島から佐渡は非常に近く、渡来人達は一波で渡来してきたわけではないので、佐渡を経由したり、数回に渡り日本へ入国。 日本で拡がっていくに連れ、新たな天地を見出し、それが佐渡であった可能性もあると考える(朝鮮系とは考えていません。 いつものごとく古代ユダヤ人と思っています。 神道の祭祀の形態は古代ユダヤとそっくりなことは諏訪神社を綴る時に紹介します)。

物部神社 1

実は物部氏の子孫は佐渡に流され、神社を創建している。
佐渡に存在する物部神社は穂積朝臣の老が722年佐渡配流、20年の間、物部氏の祖先の「宇麻志麻治命」を祀り祠を建立。

物部神社 2

861年、清和天皇の時代に社殿を建築。
順徳上皇は御幸遊ばされると社伝に綴られている。

物部神社 3

ちなみにこの物部神社には昭和33年に八幡神社と白山神社も合祀されている。

物部神社 4

言葉の遊び、語呂合わせにも取れるので、呆れる人もいると思うが、佐渡には「加茂湖」がある。

加茂湖には面白い伝説が存在する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
むかし、昔、佐渡ヶ島は金北山の神様が佐渡全体を治めていた。
ある時、鬼が一匹渡ってきて、金北山の上から島全体を見下して、美しい眺めに惚れ惚れし、この島をどうしても欲しくなった。
鬼が「神様、この島を譲ってくれぬか」と尋ねたところ、神様は断った。
それでも鬼が何度もお願いするので「お前がそれほどまでに佐渡が欲しいなら、一晩のうちにわしがすんでおる金北山の頂上まで百段の石段を積むがよい。 そうすれば佐渡ヶ島をお前にやろう」と答えた。

佐渡の昔話
佐渡の昔話 画 福井顕則  話 上坂増子 より
株式会社タカチホ  子供に聞かせるには面白い昔話が多い。
お土産屋さんで500円だったかな。

鬼は早速夕方から石を積み始め、夜明け前だというのに山の頂上近くまで石段を積んできた。 これには神様もびっくり。 「こりゃ大変だ」とあれやこれやと気をもんでいた。
それを聞いていた一羽の鶏が「コケコッコー」と鳴く。
鶏の鳴き声を聞いた鬼は朝になってしもうたと思い、かついできた土を投げ捨て一目散に逃げて行った。
鬼が作った石段は九十九段。 あと一段で佐渡ヶ島を自分のものにすることが出来たのに、とうとう佐渡から逃げ帰った。

鬼が石段を作るために土を掘って運んだわけだが、その土を掘った跡に水がたまり、今の加茂湖になった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これと似た話を聞いたことがあるが具体的にどこの伝説だったか思い出さない。
日本だけでなく世界中、インドネシアのセウ寺院にもあった記憶がある。
何か人類に共通する深層心理は連綿とDNAの中に刻まれているようで、非常に興味深い。

日吉神社 2
文に関連のない日吉神社

この昔話、伝説においてのキーワードは「鬼」と「石」の様が気がしてしまうのは、私の悪い癖だと自覚しているのだが、あえて綴っておく。
渡来人達は決して西洋的な顔をしていたとは思わない。
パレスチナ人を見れば一目瞭然で、人によっては西洋人より日本人に似て見える人もいる。
「鬼」に関しては少し異なる顔相の特徴、原始日本人からみた場合の異なる部分を誇張したのではないかと考えたりもする。
「石」に関しては長くなるので説明を省かせて頂くがフリーメーソン。 フリーメーソンと言っても鳩山家が関わった近代のものではなく、古代から連綿と続くフリーメーソン。
聖徳太子が大工の祖として拝されていることにもヒントがあると思う。

日吉神社 3
文に関連のない日吉神社

秦氏、聖徳太子、蘇我氏、物部氏。
聖徳太子の物語はイエス・キリストに多く類似を見せ、蘇我氏に至っては名前が「我は蘇る」。 私の知る限り、記紀と聖書上において蘇りを見せたのは、天照太御神とイエス・キリスト。 天皇陛下が亡くなると「御隠れになった」という。 御隠れになったのは日本の記紀上、天照太御神。 食事(最後の晩餐)をして寝る(御隠れになる)、天皇が即位する際の大嘗祭はその形態を現わしていると考えられる。

日吉神社 5
文に関連のない日吉神社

それでは日本は古代キリスト教国となってしまうが、キリストは今の西洋に見える宗教団体を創れとは一言も言っていない。 私は20ヵ国ぐらいしか見ていないが、「赦す」という観念が人の心の中に根付いているのは、日本が他国を圧倒しています。 今、ちょっと腐っているところもかなり増殖していますけど、最後の悪臭は臭いからしょうがない。 最後の臭さぐらい少々我慢。 無くなるものにあれこれ言う意味はない。

物凄くいい加減な括り方と思う方もいるとは思うが、天皇家、物部氏、秦氏、蘇我氏は全て渡来人、数回に分かれて日本に流入してきた中国及び朝鮮経由の古代ユダヤ教徒、古代キリスト徒、そこから新たな真理を見出した仏教派と、最初の根っこは同じでも移り住んだ土地と時代に影響を受けなら変化を起こした同族だった可能性を考えてしまう。
天皇家は神器を持っていたので、血は遠くても聖書上の同族と婚姻がありながらも、不可侵の領域を保てたのかもしれない。 

日吉神社 6
文に関連のない日吉神社

怪しい話を色々綴りましたが、ともかく順徳上皇は物部神社を訪れていることは社伝に間違いがなければ、そんな他愛もないところから私的なミステリー、空想・妄想は拡がります。

最後にもう一つ。
佐渡にはドンデンという地名があります。
日本人にはどんでん返しという言葉の方がピンとくる。
「ドンデン」という語源には諸説あるが、歌舞伎の舞台の転換やその装置を「どんでん返し」といったことに由来するようだ。

面白いことにドンデンという地名は旧約聖書にも出てきて、そこでもドンデン返しが必要な状況が発生する。

日吉神社 7
文に関連のない日吉神社

日本の記紀、古事記と日本書紀、そして旧約聖書も然り。
時の権力者に改竄されているケースが多いと思う。 特に旧約聖書。
だからこそ鵜呑みには出来ない部分も当然あってしかりなのだが。
日本の記紀、古事記と日本書紀は、同じ神様が分身を次々に生んでいったと考えると、比較的捉えやすいのが特徴だと思う。




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コメント

ルーツはひとつ、そしてキーワードは「赦す」ですね。
日本は、これから超自然な国になりそうな気がしております。
[2011/12/17 23:04] URL | そんけっと #5Q1fTanw [ 編集 ]

コメント感謝
こんにちは。
コメント、有難うございます。

超自然になりつつも、驚く技術が芽を吹き始めると思います。
以前からその目はあったと思うのですがね、大麻と同じで、何かと社会システムを激変させるので芽吹くのに時間がかかります。

「赦す」というキリストのメッセージは世界の中でも日本で一番花が咲いていますね。
さてキリストが磔刑にあった十字架も厳密には行方知らずなのですが、どこにあるのかな(笑)。

闇が深すぎるバチカンももうあまり長くないかもしれないですね。
人の過去を見るのではなく今を見ろと教わったので、過去を見てはいけないのですが…。
今の教皇は当時のドイツの義務だったとはいえ、ヒットラーユーゲントにいたって、笑えない洒落ですよ。

[2011/12/19 00:15] URL | MASAKI #tFt0Pax. [ 編集 ]


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Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
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紹介・輸出しています。
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