インドネシア情報局
インドネシアでの日々の出来事、生活情報、旅行情報、面白ニュース、お店等の最新情報を綴っています。またインドネシアを中心にアジアの様々なメーカー商品や商材を紹介していきます。 ビジネスに対する御質問もお受けしています。
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賃上げストライキの様子 10月31日 インドネシア
本日インドネシア時間の午前中に日系工業団地で働く友人達に電話して、賃上げストライキの様子を聞いてみた。

10月31日 賃上げストライキの様子 8

デルタ・マスやエジップ、KIIC辺りでは、午前中にバイク使用の示威活動があったようである。

10月31日 賃上げストライキの様子 3

日系企業は結構通常通りに稼働している工場が多かったようだ。

10月31日 賃上げストライキの様子 4

今回のストライキでは、労働組合3大連合のうち2団体(労働組合連盟・KSPSIとインドネシア福祉労連・KSBSI)は不参加を表明。
強硬路線をとるインドネシア労組会議(KSPI)とその他労組主導で行われている。

10月31日 賃上げストライキの様子 2

「高速道路の封鎖」および「スウィーピング(操業している工場従業員への参加強制)」などの行動は避けると表明されているのだが、場所によっては交通混乱、大渋滞を巻き起こす可能性は避けられない。

10月31日 賃上げストライキの様子 5

写真は友人が送ってくれたエジップ工業団地のもの。

場所にもよるかもしれないが、写真からは緊迫感は感じられず、気怠いほんわか感さえ漂っているような…。

10月31日 賃上げストライキの様子 7

人数はいるが比較的大人しかったそうです。
まあ工員なら過激な行動は自身のクビを締めるようなものと気が付いている人達も多いでしょう。

10月31日 賃上げストライキの様子 6

「先頭集団は気合が入っているが、後続はいつもの様に、付き合わされた上、暑いので少々ダラダラ感がありましたね」とあった、ゼネストになってもインドネシアは通常通りの運行すぎて、友人のコメントにワロた。

現時点での懸念は
・スウィーピングが行なわれる可能性
・ストライキの延期=政府回答次第
・交通マヒ
であろう。

10月31日 賃上げストライキの様子 1

ゴミをそこらじゅうに投げ捨てるマナーの悪さも通常通り。

明日11月1日、金曜日の方が週末ということもあり、また予定ではストライキ最終日なので、群集心理の変化も含め、注意が必要でしょう。



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Lou Reed ルー・リードの死去
昨日まで彼の、Lou Reed ルー・リードの死去を知らなかった。
休憩時間にネットでニュースを読んでいて初めて知った。

ルー・リード 2013年10月27日 永眠
今年5月に受けた肝移植関連の病気が原因と推測されている。



Sunday Morning

ルー・リードは1965年に結成されたザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのヴォーカル・ギタリストとして名を馳せた。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはドラッグや性など人間の暗部を抉ったような、退廃的である種前衛的でもあった歌詞は、曲と共にロックの中にも存在した芸術性を飛躍させた。
バンドとその後ソロで活躍していたルー・リードは、商業的には大成功したアーティストとは言えないが、その後のアーティスト達に多大なる影響を与えた。

Lou Reed ルー・リードの死去 2

彼は詩人でもあった。
日本では「ニューヨーク・ストーリー ルー・リード詩集」、原題では「Between Throught And Expression」というタイトルで詩集(歌詞)も発行され、朗読会を行ったりもしていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アヴェドンの撮ったウォーホールの胸の弾丸の写真にしても、「ストリート・ハッスル」や「刺激(キックス)で描いている病室的な態度にしても、私にとって歌詞の核心はいつも実体験に根差している。 というわけで、「こういう出来事は事実ですか?」という一番良く聞かれる質問に対する答はイエスで、イエス、イエス、イエスと彼は言う。
                            ルー・リード
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ニューヨーク・ストーリー ルー・リード詩集のはしがきより
河出書房新社 刊 梅沢葉子 訳



Lou Reed - Sweet Jane 98年のライブ

こちらが世間でおじさんと言われる年齢になっていれば、私が若い頃に憧れたり、ファンだったりしたミージシャン、アーティスト達は還暦をとっくに過ぎている者が多く、いつ死んでもおかしくないと言えばそれまでなのだが、ルー・リードの死を知った時、我が道を歩み続けた偏屈オヤジだったと思える彼の死が、しばらくピンとこなかった。
洋楽ロックファンでも最早知っている人は多くはないだろうが、私にとっては彼の存在感の大きさが、いつまでも存在していそうな錯覚をおこさせていたのだろう。




Lou Reed - There is no time

高校の時に友人が「曲も、詩も、そして格好よさも、絶対にお前の好みだ」と、彼の音楽を紹介。
レコードをカセットにダビングしてくれた。
「Live in Italy」というライブアルバムだったのだが、それ以降すっかりハマってしまった。


Lou Reed - Romeo had Juliette 2000年のライブ

村上龍が「LOU REED~ワイルド・サイドを歩け/ピーター・ドケット」(ルー・リードの自叙伝)のはしがきで綴っているコメントが、ルー・リードを表現するには実に素晴らしい。

「優れたポップスには精神性がない。だめな音楽には作者の精神性が露呈してしまう。日本のロックは精神性だけで成立しているものが多い。精神性は、あっという間に風化するから、ハードについていけずにすぐにオールディーズになる」



Lou Reed Perfect Day (Live with Antony Hegarty on Jools Holland!!)

90年と92年は、自業自得で私的人生において非常に厳しい局面が数度ありながらも、音楽的に私にとって幸せな年であったのかもしれない。
ルー・リードが来日し、ライブ公演へ。

Lou Reed ルー・リードの死去 1

今もギターをかき鳴らしながら、PAへ音響をもっとあげろと何度も合図を出していた彼の姿が思い浮かぶ。

本日は飲まないと決めていたのに、あんたの訃報を知ったお蔭で飲む口実が出来た。
私が愛してやまないアルバム「New York」を聞きながら…。



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Cafe Pomegranate ウブド散歩
バリ島のモンキーフォレストを見学後は、目的もなくウブドを散歩。
これがウブドでの正しい過ごし方であろう。
ジャカルタと異なり散歩が出来るのがバリ島の有難いところである。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 7

イタリアからやって来た友人は、ヴィラを借りて一ヶ月近く滞在していたので、ウブドにはかなり詳しくなっていた。 よって散歩の方向はお任せ。 危険な場所もないので、気分に任せ歩を進められるのがいい。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 2

田んぼに挟まれた細い道にもギャラリーがあったりして楽しい。
稲の緑が目に優しく、心が和む。
これも世界中の人々がバリ島を愛する理由の一つであろう。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 1

大きな白いテントを張った様なカフェを発見。
Cafe Pomegranateは日本人が経営しているようだが、友人もまだ入ったことがないと言っていたので、調度良かった。
そこそこ歩いたのでそのCafe Pomegranateで、一服することにした。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 8

私はビールを注文。
すると枝豆が付いてきて「おお、さすがに日本人経営」と感心してしまった。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 4

メニューを見るととても惹かれるものがあったのだが、夕食には少し時間が早かったのと、スペアリブの美味しそうな店があると聞いていたので、そこで食事はとらなかった。
豚の角煮なんてものがメニューにあるのだが、試せば良かった…。
翌日、バトゥール山登山前日の夕食は、おそらくバトゥール湖の淡水魚が美味いだろうと想像していたので、この日の夕食は肉、スペアリブという単語を耳にした瞬間、そちらに決定していたのである。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 6

Cafe Pomegranate
「はてPomegranateとは聞いたことがないが何語か?」と思うと英語だった。
ザクロの木や実のことを英語ではPomegranate (発音記号 pάm(ə)gr`ænət なのでパメグラナッと読むのだろうか)ということを初めて知った。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 5

Cafe PomegranateのWebを見ると、カフェは日本人兄弟によって2012年5月にオープンしたことが綴られている。
お兄さんがインテリアデザイナーでカフェそのものをデザインし、弟さんがカフェのオペレーションを行っているようだ。

Cafe Pomegranate ウブド散歩 3

360度オープンビューとは考えたものである。
インテリアも主張しすぎず、気分よく、何よりもくつろげる空間演出がなされている。

Cafe Pomegranate
営業時間 9:00 - 21:00 (ニュピの時以外は毎日営業しているようだ)
電話 : 0878 60803632
Cafe Pomegranate ウブド散歩 9

「いやー、くつろげる素敵なカフェで休憩できたな」
というわけで、いつの日か機会があれば食事もトライしてみたい。



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首都圏及び工業団地でのゼネスト ストとデモの違い
友人から電話が入り、ゼネストとスト及びデモが具体的にどう異なるのかという質問があった。 言葉の意味の差なのだが、どの様な事象が発生するのか、若干捉えにくいのがその理由である。

一つ前での記事で、私は「デモ」という言葉を使用している。
それはこれまでのインドネシアの社会的な流れや示威行動が行われ、その中には特定の主張を持った労働争議には関係のない者=貧困層も駆り出されることを予想したため、デモという言葉を使用したのだが、厳密な意味ではストライキ、今回はストが全国で一斉に行われるようなので、ゼネストという言葉の使用の方が正しい。

ストライキは雇用者に対して、労働者や労働組合が労働を行わないで抗議すること。

ゼネストとはGeneral Strikeで、労働者が団結のもとに行なう労働争議の一形態。
全国規模で行う場合、ゼネストという言葉を使用すれば、特定のエリアで様々な産業が一斉に行うストもゼネストという。

デモは、特定の主義主張や意思をもった人々が団結し、集団でそれら意思や主張を公の場で他に示す行為。

ストライキとデモの違いは、ストは労働に直結している場合に使用し、デモは労働には関係ないものと考えると分かりやすい。
インドネシアの場合、判断が難しいのは、実際には会社に所属していなくても、祭りに参加する人も多そうな点が挙げられるだろう。

今回インドネシアの労組会議は10月31日と11月1日の2日間、大規模なストライキを行うと発表している。

そのエリアはジャカルタ、西ジャワ州、そして北スマトラ州のメダン。
日系企業が多い主要工業団地は全てターゲットである。
ある意味、全国規模なのでゼネストである。

労働者が勤務する各工場前で座り込みストライキを実施する予定。

ジャカルタでは最低賃金を70%増しのRp.370万への要求のようなので、どの様に折り合いをつけるのやら。

労働者が行なうストライキの場合、話し合いが出来るので、その段階では暴動に発展というケースは稀で、そのポイントはあまり心配する必要性はないと考える。

個々の企業では、特にトップの人々が現地の人とどの様に向き合い、付き合ってきたか、試される時でもある。
経営上、従業員への甘さだけでは複雑化、巨大化した現代での会社運営は難しい。
その辺りは私よりはるかに優秀な人々は良くわきまえていると思うので、あれこれ綴るつもりもないが、人徳を備えた人は、どこにいても浮かび上がる時代の足音が大きくなっているような気がしている。

今後注意が必要なのは、別のエリアでのストライキ発生。
そしてそれに呼応しかねない全国規模のデモの発生である。
デモになると多くの貧困層も行動を起こすので、鎮火方法を政府や警察、または軍が誤ると暴動に発展する点。

98年の暴動の悲劇の記憶は薄れていなさそうで、反面、時さえの動きも早まったかのように錯覚させてしまうのが、腐敗しやすい共産主義とはまた異なる資本主義の毒でもある。

貧富の差の問題は最早世界的な大きな懸念事項の一つである。


追記 2013年10月30日

本日付のじゃかるた新聞にも綴られている通り、インドネシア労働組合総連合は20州200県市で、約300万人を動員したストライキを行うと発表しています。




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労働団体によるデモ
既に予測可能、想定内の出来事であり、インドネシア情報局でも私的見解は過去記事に綴っておいたが、労働団体によるデモシーズンの到来です。

28日、月曜日になって「インドネシア デモ」と「インドネシア暴動」というキーワードでのブログアクセスが急増した。

気になったので、在インドネシア日本大使館のWebを閲覧してみると、「労働団体によるデモ等の注意喚起」が発令されていた。 内容は下記である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・10月28日から数日間にわたって、インドネシア労働組合総連合(KSPI)を中心とした労働団体により、最低賃金の50%上昇及び請負労働(アウトソーシング)反対を要求するストライキ及びデモを行うとの情報があります。ストライキは各工業団地において実施される予定であり、デモの詳細な場所等は不明ですが、首都周辺にとどまらず、国内各地で実施されることも予想され、政府による最低賃金制定・公告まで断続的に行われる可能性があります。

・デモ等を発見又は遭遇した際には、速やかにその場を離れるなど、身体の安全を第一に行動して下さい。また、周辺道路で渋滞が発生する可能性がありますので、安全確保に十分注意して下さい。

・なお、過去には一部の日系企業の組合員等が、工場の門を封鎖して邦人を含む従業員を工場に閉じ込めて労使間のトラブルを解決しようとする事案が発生しておりますので、こちらも十分注意して下さい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2013年10月28日 在インドネシア日本大使館

実際のところ28日にリッポーチカラン辺りでは、早朝デモを鼓舞するようなバイク集団の行進があったようだ。
ジャバベカ、エジップで本格的なデモは発生していない模様。
デルタ・マスでは「安全はおまかせ下さい」という警察発表もあったと耳にしている。

情報収集の後、見えてきたのは、28日から30日までは賃上げデモを盛り上げるための予行日のようで、本格的にデモないしストライキを発生させる予定は木金にあたる31日、11月1日の可能性が高いようだ。

工業団地によっては、30、31日という噂も流れている。

賃上げデモなので、強く恐れる必要はないと思うが、集団心理に思わぬ事態が発生すると、それが原因で暴動に発展するケースは世界でも多い。

また日本人にはピンとこないかもしれないが、暴動は偶発的なものだけでなく、大衆には分からない様に意図して発生させるケースも存在することをお忘れなく。
それが国家間における外交手段の一つでもあると綴っておこう。

31日、11月1日辺りは、デモというより現地・現場の人々の間では「スト」という言い方をしている人も多いようで、工場ラインがストップさせられるメーカーも出るのかもしれない。

最低賃金50%上昇は昨年40%以上の上昇を求められたメーカーにはかなり酷な話である。
しかしながら、政府発表のインフレ率は本当か?と思えるような、燃料価格値上げと財政不安が原因で下落した現地通貨や株価に呼応するかのごとく、様々な商品価格が連動してアップしたのは現実である。
10年以上もローカルマーケットを見てきた日本人には、ほとんどいないかもしれないが、理解出来てしまうデモである。

人口ボーナス期がまだ始まったばかりのインドネシアの将来の市場性は、現状のデモやストライキで失われる数字ではない。
ただしインドネシア進出企業においては、特に製造業は、大幅な賃金上昇を見越した経理上の戦略も考慮されていないと今後は思惑通りにはいかないでしょう。

財務的に余裕のある会社では、既にフィリピンなどの賃金上昇が安定している他国へ一時撤退を見越した戦略を実行し始めた日系企業の存在も出てきているようだ。

まあともかく予想可能、想定内のデモの季節にインドネシアは突入です。

私がむしろインドネシアにおいて最近気になっているのは、スンダ海溝(スマトラ島沖)で頻発している地震の発生。
スマトラ沖とジャワ沖はストレスをため込んでおり、近年再び滑ると考えています。

もう一つは米国のデフォルト。
今回、今年はデフォルト危機を演出した実験だと判断したので、綴りませんでしたが、金融寡占勢力、現在ユダヤ人と見なされている人々の植民地である米国のデフォルトは近いでしょう。
専門家以外、日本の企業人がその恐ろしさを感じていないかったことが、私的にはむしろ驚愕であった。
まあヤマトは幸いにも神権を抱いている国なので、そんな中でも不思議に泳ぎ切れると思いますが、 実際のところ、特にアジア通貨危機以降、会社を経営する者には、なんと経営が難しくなったことか…。
これからの時代は中小企業レベルでも世界経済予測をも見据えた経営戦略を立てないと、企業によっては増々苦境に追い詰められるところも出てくるでしょう。



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モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村
バリ島ウブドにモンキーフォレストが存在していることは相当以前より知っていた。
ウブドを訪問し、モンキーフォレスト見学をした日本人観光客も少なくないだろう。

その存在は知っていたにも関わらず、「モンキーフォレスト、サルの森だろ」といった感じで、完全に観光地として俗化した場所だと思い込んでいたので、私は見学をしたことがなかった。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 1

百聞は一見にしかず。
私にとってモンキーフォレストは、その様に人は思い込みや聞いただけの情報で過ちや失敗を犯すのだと改めさせる場所になった。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 2

「ウブドが栄えたのはモンキーフォレスト内のパワーが強かったからとも伝わっているのよ」
私を突き動かしたのはその友人の一言だった。

まるで森やその中の寺院、土地の精霊たちの力によって、観光地、芸術の村として、ウブドが栄えたような口ぶりではないか。
怪しい遺跡や話が大好きな私を突き動かすには、十分な台詞であった。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 5

モンキーフォレスト内にはヒンドゥー寺院が存在し、今もパダンテガル村や近郊の人々の信仰の場所であり、単にたくさん生息するサルが簡単に見学できるだけの場所ではない。
現地の人々には今も大切で重要な聖地でもある。

森の中の歩道を歩いていると、公園外より涼しくて、確かにとても「気」の良い場所であった。 それは訪れた人々、誰もが感じる気の良さだと思うので、確かに目に見えないパワーの強い場所なのかもしれない。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 3

苔むした大きな彫像も中々見ごたえあり、美しい。
都会の街の中ではおねーちゃんの腰のクビレフェチ、自然の森や山の中では苔フェチの私を痺れさせるものがあった。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 4

モンキーフォレスト内には3つの寺院が存在する。
プラ・プラナというロンタル(棕櫚の葉)で出来た記録によると、11世紀中頃、ペジェン王朝ないしゲルゲル王朝の頃に寺院が建立されたと記されているらしい。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 7

プラ・ダルム・アグン寺院。
この寺院の守護神はシヴァ神。
近隣住民の人々にとっては重要な寺院なので、入場に際しては、サロンを巻き、心づけを置く必要がある。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 6

サルはあちこちで散見できる。
日本名ではオナガザルと呼ばれている種らしい。
森の中には500匹以上が生息し、5つぐらいの群れで移動しているそうだ。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 8
この彫像に一人バカ受け。

人間慣れしているサルとはいえ、野生のサルである。
追っかけたり、小突いたりすると、反撃を喰らうので要注意である。
ここのサルは子供を授からなかったメスでも、他のメスザルの子を一緒に守りながら可愛がるらしい。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 10

食事が終了し、ふんぞり返って爪楊枝。
人間そっくりなサルは多くの人の笑いを誘っていた。

1.神様が生命を恵み、その他すべてを創造した。

2.大自然はこの世界の全ての生存するものに、必要な生活・調和を与えてくれる。

3.人間は伝統的な村の組織のためのルールをつくり礼拝をするお寺を建設し、定期的な奉納の様々な儀式を行い、協力して自然を守り、討議を交わしあい、問題を解決する。

この3つの関係を調和し、尊敬し、実行することで、人間は平和と自由を得られると言われている。

上記はモンキーフォレスト入り口で配られる小冊子に綴られているトリ・ヒタ・カラナ教理(バリ・ヒンドゥーの哲学)なのだが、当たり前のことが綴られているのだが、とてもためになるだけでなく、今回の旅で発見もあったので綴っておいた。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 9

バリ島は神々が住む島、精霊たちが舞う島などと形容され、日本人だけでなく世界中の人々に愛されてやまない島である。

トリ・ヒタ・カラナ教理は日本人にも違和感なく、すんなり染み込む哲学であろう。
発見とは、以前もインドネシア情報局で指摘したが、その教理が日本神道にそっくりであるという点。
今回バリ島で気が付いたもう一つの発見。
それは各家庭で祖霊を大事に祀っている点であり、個人差はあるとはいえ、そのポイントも日本の文化によく似ている。
神や霊の存在を信じる信じないという問題はあるにしても、なんとなく感覚で気が付いている人は最近の日本人にも増えているのではなかろうか。
それは普段個々の生活レベルを見守ってくれているのは、神ではなく、祖霊からの守護の可能性を。

モンキーフォレスト バリ島ウブド パダンテガル村 11

モンキーフォレスト
住所 :Kl. Monkey Forest, Padangtegal, Ubud Bali
電話 :0361-971304

森と寺院、そして愛嬌あるサル達を楽しみたい方にはお勧めです。



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金徳院 ジャカルタ散歩VII
ジャカルタは商業地なので、観光地としては魅力があまりないとよく言われるのだが、ジャカルタのコタ(旧バタビア)は、散歩をしたり、ブラブラすると中々面白い。

コタはチャイナタウンといってもいいと思うが、おもちゃ箱をひっくり返したようなゴチャゴチャした感じが面白い。

華人が多いエリアなので、密輸品を含め様々な物が販売されており、食事も安く、コストパフォーマンスが高いレストランも多い。 要するに非常に美味というよりも、金額の割には美味しいですねといったお店が多い。
豚肉餃子を楽しめたり、シーフードやはたまた蛇の生血や料理を供するレストランも存在する(ジャカルタ スネーク・レストラン)。
クラブや置屋、裏カジノもこのジャカルタの北のエリアに集中しており、エクスタシーなど麻薬の温床でもある。
敬虔なイスラム教徒の人々はこのエリアを忌み嫌う人も決して少なくない。

グロドック地区はまさにチャイナタウンで、屋台がひしめき合っていたり、その昔、16年ぐらい前は道路数十メートルにわたり、違法ポルノCDが堂々と格安で販売されていたりもし、そこで仕入れブロックMなどで販売する人達やエロを求める人々で溢れ返っていたりもしていた。

グロドック地区には金徳院という寺があり、私的にはそこは一見の価値があると思う。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 9

直径50センチ、高さ2メートル近い赤い蝋燭には圧巻である。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 3

平日でも金徳院へお参りに来る人々が少なくないため、お線香の煙が中々凄まじい。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 2

金徳院へせっかく来たので、私も見よう見まねでお線香を立てながら見学したのだが、大量のお線香は先が少し開く感じで持たないと、火がかたまり、凄まじい炎となってしまうので注意が必要である。
固めて持つと松明の様になってしまうのだ。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 4

そんなお線香を炎上させている私のサマを見かねた華人のおじさんが火を鎮火させてくれ、太くて長い大量のお線香の持ち方を教えてくれた。
大振りしても炎は火力を増すだけなので、結構焦った。
寺院建物の外に飛び出したのだが、「日本人、華人の聖地、金徳院を燃す」という翌日のニュースの見出しが、頭の中を一瞬よぎったので、本当に助かった。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 5

金徳院は300年以上の歴史をもつと言われているが、1740年の華人大虐殺の時に破壊され、その後再建されたようである。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 6

金徳院は仏教・道教・儒教と更に精霊信仰が融合している珍しい寺院でもある。
観音菩薩、弁天や関帝(三国志時代の関羽、横浜の元町にも存在)など、多くの仏像が祀られている。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 7

霊体に通じそうなお線香を大量に使用するというのは道教から来ている秘儀なのだろうか?などと想像しながら、見学した。
湿気のせいだと思うが、多くの写真にオーブが写り込んでしまい、使用出来ない写真が多くて困った。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 8

この寺院はジャカルタの中で目に見えないものを信じる華人のまさしく聖地である。
インドネシア人口の約5%が中国系(華人)と言われているが、その5%がインドネシア経済の70~80%を握っていると言われている。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 11

そしてインドネシアは「東洋のユダヤ人」とも称されるほど、ビジネスが上手い客家が天下をとっている国でもある。
仕掛けられたアジア通貨危機は諸説あるが、欧米人による華人および客家経済叩きという目で想像すると中々面白いものが見えてきたりもする。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 10

金徳院
Jl.Kemenangan 3
訪問する人は、少々分り難いのだが、近所まで行き、人に尋ねながら写真を見せれば、必ず行きつけるでしょう。

散歩が好きな人が金徳院を訪問したら、ついでに路地裏散策なども面白い。

金徳院 ジャカルタ散歩VII 1

こちらは金徳院近くの道に祀られていた。
土地の神様か?

金徳院 ジャカルタ散歩VII 12

ジャカルタの中でまだまだ紹介すべき場所もあるが、私が訪問していなかったり、写真がなかったりで、ジャカルタ散歩はこれにて終了。

旅日記は舞台をバリ島へ。



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白山、再び
2013年10月19日、世界遺産である霊峰富士山が初冠雪。
今年の白山の初雪は10月12日であった。

霊峰白山へは今年7月に登山(参照「白山登山 2013年7月8日の白山」)したのだが、残念ながら頂上の御前峰、標高2,702mへは至らなかった。

日本の三霊山は富士山、白山、立山。

富士山は25歳の時に登山した。
仕事はしていたが酒ばかり飲んでお金がなかったので、夏休みの海外への旅は断念。
長距離用自転車で東京・渋谷区から新潟・直江津港まで、行程1日半強、2泊の野宿旅をし、道中事故にも巻き込まれたが、壊れたのは私が激突した事故原因を起こした車の方のみで、電車で東京へ戻って来た晩から友人と5合目から登山という、全く褒められない悪しき例を築きつつも、無事登山。

私は学生の頃16歳から土方をメインとしたバイトをしており、黒帯にも売られた喧嘩で怪我度合では圧勝したこともあったので、アントニオ猪木が提唱した「プロレス最強論」ならぬ「ドカタ最強説」を社会人になった25歳ぐらいまで吹聴していた。 馬鹿さ加減はおっさんになっても相変わらずだが、当時を振り返ると「本当に馬鹿だったのだ」とつくづく思う。

反面、若い人がこのブログを読む可能性も想定し「土方はいいよ」と綴っておこう。
下手な運動部より体力は消耗し(=健康+体力増進)、荒れた人々も少なくない(=上下関係+礼儀+実社会における大人のせこい嫌がらせも経験可)のだが、我慢出来れば普通のバイトよりはるかに多いお金が入る(=高収入)。
スポーツクラブで体を鍛えてもお金は払わなければならないが、土方は体を鍛えお金までくれる(笑)。

前回同様の道を車で進み、夕刻遅くに金沢へ。

今回は行き当たりばったりで、KKR HOTEL KANAZAWAへ宿をとった。

白山、再び 4

KKRホテル・金沢は結婚式も出来る立派なファシリティーのホテルだったが、国家公務員共済組合連合会金沢共済会館なので、1人6,000円とリーズナブルな価格の割に、部屋は普通のビジネスホテル同様に清潔でありがたかった。

翌日登山を控え、飲み過ぎは厳禁だと自身にいい聞かせつつも、「金沢にきたら五郎八だろ」という訳で、美味い料理と日本酒で舌鼓を打った。

白山、再び 2

飲み過ぎは厳禁だと自身に言い聞かせたので、ビール後の日本酒は5合位でやめておいた。

白山、再び 3

飲み過ぎは厳禁だと自身に言い聞かせたのに、ホテルへ戻ると感じの良さそうなバアがあったので、寝酒に3杯洋酒を飲んでしまった。

10月12日。
別当出合へ。
土曜日で車の規制があったため、市ノ瀬ビジターセンターよりバス。
白山の山小屋、室堂ビジターセンターが開いている最後の土曜日ということもあり、寒くなってきている割に登山者は結構多かった。

天気はあいにくの雨。
途中、曇りですむのではないかという希望も見えたが、空は青空を見せることもなく、曇りと雨が続く、厳しい天候となった。

白山、再び 5

車で移動する道中では「登山中止」も視野に入れたが、別当出合で曇り・小雨の様子が続いたため、結果決行した。

今回は靴、雨具もしかりで、装備は怠らなかった。
途中から雨が激しい時もあり、ポンチョを使用し登山したが、汗っかきの私は途中までTシャツ半袖で、いいペースで登れた。

一度白山室堂ビジターセンターまで行っているので、ペース配分も考えやすかったのだろう。
室堂ビジターセンターへ目の前のところに来て、手がかじかむ寒さには参り、疲れも感じたが。
別当出合から白山室堂ビジターセンターまで、休憩も入れて、2時間40分で無事に到着。

山小屋チェックインの際に手がかじかんで文字がかけなかった。
寝室で整理と着替えを行い、遅い昼食を口にしたら寒さも落ち着いた。
しかし小屋から出ると猛烈な寒さ。
陽が暮れる時間になると、外は氷点下近く。
雨は小さな氷の塊と化し、この日が白山で初雪が観測された日になった。

室堂ビジターセンターでの夕食は美味しく、山小屋で働いている方々、食材に感謝、感謝である。

白山、再び 6

何よりも温かさが身に染みて有難かった。
そして冷え切った体もビールを飲むほどに回復。
20時消灯なのだが、早々に寝れるわけがなく、20時前まで寝室外の廊下で友人とウイスキー、ワインへと移行。
緊急用として持って行き、ツマミにしたチョコレートがやたら美味かった。

その晩、同室2人の鼾が煩すぎて、ロクに眠れなかった。
その長くて眠れない晩の最大の発見は鼾は伝染するということだった。

しょうがないといえばそれまでなのだが、同行している友人、カミさんが注意をするなり、鼾をかくなとは言わないまでも、登山する者なら少しは周りにも気を配れよと思いつつ、何度も夜中にトイレに行っていると、雨雲は一掃され、夜空は見事なほどの満天の星空だった。

白山、再び 20
一緒だった友人が夜中に撮影

満天の星に眠れない苛立ちを癒され、他人の鼾があったからこそ、この光景を満喫出来ていると考えると、許そうという気になれた。
夜空は語る。 「鼾ごときで人への迷惑がすめばいいけど、君の人生、それではすまない過ちだらけじゃん」 反論はない、出来まい。

夜空が示した通り、翌朝は快晴。
早朝4時半に準備をして、白山の頂上、御前峰を目指し出発。

白山、再び 21

写真よりまわりは明るくはない。
山に沿っている明かりは頂上を目指す人々。

厚着をしたので寒さは気にならなかったが、10月13日の白山は強風、突風が凄まじい日であった。
67キロの体重の私が体を持って行かれそうになるほど突風が凄まじかったので、私より年配の方々は相当厳しかったと思う。

白山、再び 7

頂上へ着き、しばらくするとサンライズ。

白山、再び 22

ここ数年、サンライズを臨むことが多いが、太陽の偉大さ、無償で与えてくれる明かり、温かさ、優しさへ畏敬の念は増々膨らみ、いつみても頭が下がる思いである。

白山、再び 23

白山の御前峰からお池巡りを予定していたのだが、止まらぬ強風で中止にした。

白山、再び 10

そんな決断をした人々が多い日だったと思う。
強行している人を眺めていたが、身体が風で流されているのが窺え、見ているこちらが怖かった。

白山、再び 11

白山の奥宮に参拝。

白山、再び 8

ひょっとすると今世ではもう2度と来ないかもと思うと感慨深いものがあった。

白山、再び 9

お池巡りも視野に入れていたため、お弁当にしてもらっていた朝食を室堂ビジターセンターで頂き、白山を背に下りをスタート。

白山、再び 12

安全に登れそうな最後の休日、快晴。

白山、再び 13

登山してくる人も非常に多かった。

白山、再び 14

危険はないが、登山は細心の注意も必要。
今回は小さいとはいえ、落石にも出くわした。

白山、再び 15

白山の自然は短い秋をあっという間に過ぎ去り、冬の到来を告げていた。

白山、再び 16

下山は休憩も入れて2時間20分で終了。

名残り惜しさもあり、市ノ瀬ビジターセンターを出発後、もう一度、霊峰白山を遥拝。

白山、再び 17

手取川に存在する百万貫の石。

白山、再び 18

凄まじく大きな岩塊なのだが、この巨石は昭和9年7月に発生した洪水で土石流と共に流されてきたそうだ。

歴史は繰り返す。
自然は語る。
どうも人類は今後も地球と自然の驚異に晒されつつ、自業自得の経済問題と戦争という局面に怯えながら進んでいく可能性が高まっているように思える近年。
全ての物質に優る精神の優位性が発露するか、しないかが試される時代が始まっていることを実感させた。

白峰近辺の温泉で汗を流し、着替え、有難いことにもう一度、露天風呂から白山を臨む景色に恵まれた。

白山、再び 19

行きに寄れなかった白山比咩神社と、前回登山前日に靴底がいかれていることに気が付かせてくれた金剱宮に感謝の気持ちを置いて、霊峰白山登山の旅は無事に終了。

来年、日本の三霊峰のうちでは最後の立山を登山する予定。



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インドネシアの活発な火山活動 スメル山&マラピ山
近年、非常に活発な火山活動が見受けられるインドネシアの火山。

私が来年雨季ではない時期に登山しようと考えているのが、ジャワ島最高峰のスメル山である。

スメル山(Gunung Semeru)は標高3,676m。
昨年ブロモ山を訪問した際に臨めたのだが、非常に美しい形をした山である。

インドネシアの活発な火山活動 スメル山&マラピ山 1

スメル山の名は古代インドにおいて世界の中心にそびえる須弥山=スメールに由来している。
別名はMahameru マハメル。 The Great Mountain「偉大な山」と称されている。

この山は頻繁に噴火しているのだが、登山客が尽きない山としても有名である。

インドネシアの活発な火山活動 スメル山&マラピ山 3

何でも登山途中にプレートのようなものが散見され、それは登山中に噴火で亡くなった人達の碑であるらしい。

ただでさえジャワ島最高峰ならアタックするかという気持ちになっているのに、火山噴火、地球の息吹を感じながら登山できる山は世界でも多くはないと考えると、いてもたってもいられなくなる。

待ってろよと思いつつ、このスメル山も活動が活発化し、先日小規模ながらも本格的に噴火。

インドネシアの活発な火山活動 スメル山&マラピ山 2

噴煙を通常よりも高くあげているようで、しばし警戒が要。

昨年一度記事(マラピ山の噴火)で綴った西スマトラのマラピ山(Gunung Marapi)。
こちらの噴火は鎮静化しそうな兆しもあったようなのだが、先日再び活動化し、再度噴火。

相変わらず全土において活発な火山活動が続くインドネシアなのであった。



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リゾート開発名義 ロンボク島の投資詐欺 
投資詐欺を行うにあたっては、投資額に見合うリターン+夢が必要である。
今回もその典型的なパターンに騙された人がいる。
「今回は」ではなく、あえて「今回も」と綴っておこう。

その意味では、南国のリゾート開発名目の投資はうってつけであり、今後も詐欺話は尽きないのであろう。

投資詐欺を行った人間も、それなりに頭を使っている。
舞台はロンボク島。
バリ島の隣の島だが、バリ島より開発が進んでおらず、まだ訪問者の見た目には素朴な島である。
ただしロンボク島のリゾートホテル建設などに向いた海岸沿いやその他のエリアは、相当以前よりお金に変えることを優先した所有者から、それらの土地は離れ、果たして不動産投資として旨みのある場所が残っているかと言えば、私的には既にあまりないというところだと考えている。

私がロンボク島を訪れたのは、これまで2回。
1度は日本から友人が遊びに来た時。
2度目は仕事がらみで、10年以上前。
当時不動産は全く関係ない仕事だったのだが、辺鄙な場所から海を眺めていた時に、案内をしてくれた現地の人が「ここからあの辺まではジャカルタの華僑が」「あそこからあの辺は…」という話だらけだった。

素朴な島や場所に見えても未来において膨大なリターンがありそうな場所は、既に富裕層が投資を行い、買占めが進んでいるのが資本主義下における現実なのだと、美しい海を見ながら感じたものである。

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未登録でインドネシアのリゾート開発名目で投資募る 2人逮捕

投資会社の登録がないにもかかわらず、インドネシアの島でのリゾート施設開発名目で、およそ4億2,000万円を集めていたリゾート開発会社元社長の男らが、警視庁に逮捕された。

逮捕されたリゾート開発会社「エムエムピージェイ」元社長・上田 功容疑者(51)ら2人は、投資会社の登録がないにもかかわらず、インドネシアのロンボク島の宿泊施設の建設に出資すれば、収益の配当を受けられるとうたい、東京都内の男性など4人から、あわせて545万円を集めた疑いが持たれている。

しかし、宿泊施設は完成しておらず、勧誘に使ったパンフレットには、無関係の現地に住む日本人の家の写真が使われていた。
問題の「ヴィラ」は、全く建設が進んでいないという状況で、中を見ると、全く住むことができない状況となっていた。

無断で自宅の写真を使われた人は「『写真を撮らせてください』ということで撮っていったが、まさかパンフレットにうちが載ってるとは、夢にも思っていなかった」と話した。
上田容疑者は、「法に触れるとは思わなかった」と容疑を一部否認しているが、警視庁は、2010年からの2年間で、全国の56人から、あわせておよそ4億2,000万円を集めていたとみて調べている。
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2013年10月17日 FNN

インドネシアの不動産はバブルの様相を増々呈している。

最近はつぶさに確認出来ていないのだが、要するにジャカルタの街を夜中ほっついていることが少ないので見学の機会が少ない、数年前まで新しいアパートはオープンしても、夜真っ暗といったビルも窺えた。
ジャカルタ内で外国人が住むようなアパートは購買価格は数千万円し、部屋は埋まっているのに明かりがない状況とは、アパートが富裕層の投機対象であることが過去には明白に確認出来たのである。

世界中で愛されるバリの不動産はその中でも異常な高騰を見せている。
素朴な田園風景が美しいウブドも、田んぼの中に、次々にヴィラが建築中である。

バリ島や南国の美しい島に住みたい、老後はそちらでと考える人はいまだに日本人でも多いだろう。

資本主義下においては「安く仕入れて高く売る」という善悪は別にした考え方もある。

先月バリ島を訪問した際に、そんな話を散々耳にした。
日本人からすれば現地の本当の価格を知らず、日本人的な目安で検討し安いと思え、手が出てしまう不動産物件。
そんなビジネスの方法は、資本主義下においては、悪いことでも、犯罪でもないが、そういうと部分を利用して大儲けする輩が、日本人にも少くないことが良く分かった。

騙してはいない。 犯罪でもない。
「正価=本当の現地の値段」を知らない奴=買主が悪いのだと言えばそれまでなのだろう。
いまの日本では、勉強不足の小金持ちがいけないと揶揄されそうな雰囲気さえある。
ただしそういう話を耳にすると、私は日本人としては気分はよくないですね。

それなりの額の投資は、良く勉強してから行うべきであるし、現地に精通していそうな私を含めた日本人を安易に信用してはいけないよとここで警告しておく。

現地の人よりはるかに小金を持っている日本人に売るのだから、私が現地にいる日本人で、日本人に販売するのだから、正価より少々高くて当たり前理論は、以前よりどこの国、どの国の人々の間でも蔓延しがちだが、商売下手な私の目では単なる寄生虫にしか思えない部分が存在する。

先月訪問したバリ島の不動産やそれにまつわる話などは、聞かない方が良かったと思える話が大げさな意味ではなく、決して少なくなかった。

まあ投資する方は様々な方法で、そんな輩の餌食にならないように勉強することが肝心です。



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フィリピン中部でM7.1の地震
フィリピン中部のボホール島で15日午前8時10分(日本時間9時10分)過ぎに、M7.1地震が発生。

フィリピン中部でM7.1の地震 2

震源地はマニラの南南東約620キロ。
震源の深さは20キロ。
10回以上の余震も発生。
少なくとも20名が犠牲。

フィリピン中部でM7.1の地震 1
フィリピン中部のボホール島の倒壊した教会

セブ島も揺れ、建物の倒壊が発生している模様。

フィリピン、台湾、インドネシアは、日本同様に引き続き警戒が必要です。

インドネシアのスンダ海溝沿いは、いまだによく揺れていますし、今後も大きな地震を発生させる可能性が非常に高いです。
近年活発化している火山活動と共に、スマトラ島およびジャワ島のインド洋側は、日本同様にカウントダウン状態と考えておいた方が良いでしょう。


日本は大型台風が接近しています。
気象庁は「関東に接近する台風としては、10年に1度の勢力」と発表しています。
お出かけの際はご注意を!



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ユドヨノ大統領 プーチン氏へ祝いの弾き語り
現在インドネシアのバリ島でAPECが開催されているが、ユドヨノ大統領がロシアのプーチン大統領の誕生日を祝い、弾き語りを行ったそうです。

10月8日のAFPによれば、<ユドヨノ大統領は、中国の習近平国家主席ら拍手に促され「ハッピーバースデー」をギターで弾いた。 この突然のイベント後、プーチン大統領は記者団の前でユドヨノ大統領に「サプライズだったよ」と語り、インドネシア語で「テレマカシ(ありがとう)」と伝えた>とのこと。

中々粋な演出です。

ユドヨノ大統領の思いがけないサプライズ演出ですが、実はこのインドネシア大統領の趣味は音楽で、CDも3、4枚リリースしている人なのだ。

ユドヨノ大統領 CD

若い頃はバンド活動も行っており、アルバムのリリースは2007年よりスタート。



海外でも音楽をこよなく愛する大統領として紹介されている。

カラオケ屋でマイクを持ったら離さないおっさんとは大違いなのである。。



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タンクバンプラフ山 警戒レベルWaspadaへ
昨年より若干不穏な動きを見せている西ジャワに存在する火山、タンクバンプラフ山。

インドネシア情報局でも下記の記事にて綴っておいたのだが、

タンクバン・プラフ火山 火山性の地震多発
有毒ガスの噴出始まる タンクバン・プラフ

小さいながらも再び活動が確認されています。

タンクバンプラフ山は土曜日に3回ガスを噴出したようで、レンバンでは小規模ながらも群発性の地震が観測されています。

タンクバンプラフ山
写真は過去に訪問した時のもの

これに伴いThe Center for Volcanology and Geological Disaster Mitigation (PVMBG)は、タンクバンプラフの警戒レベルをWaspada(一番低いレベルの警戒)に引き上げました。

ただし現在避難勧告は出ておらず、近隣住民の生活もこれまで通りのようです。

火山活動の監視は続いており、西ジャワ州も小さいながらも地震も増え、今後も注視が必要になってきています。



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イリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリー
バリ島滞在時に普段はイタリアにいる友人と会う機会があったのだが、ウブドの雑貨屋でイリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリーを購入したというので見せてもらった。

これが本当にイリアン・ジャヤのアンティークなのか、私には判断付かないが、友人曰く「クロボガン辺りでは数倍の値段で売っていた商品」らしい。

アンティーク商品はこれまでも数回見たことがあるが、この商品に類似した物は目にしたことがなく、珍しいと言えば珍しい。

壁掛けになるのだろうか…?

イリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリー 1

アンモナイトの化石が埋め込まれており、笑ってしまった。
インドネシアは化石の宝庫でもあり、それ専門の業者を訪れたことがあるのだが、そこそこ安い値で化石を購入できる。

鶏の骨や貝を使用しており、確かにイリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリーと言われればそうなのかなと思えてしまうプリミティブな世界観が伺える。

イリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリー 3

こちらは水晶がついている。
水晶はスピ系のグッズとしても多く扱われている。
詳しいことは全く分からないが、独特の振動数をもっていそうで、かえって霊を呼び寄せないか?などと勘繰ってしまう(笑)。

イリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリー 2

私はアクセサリーやジュエリー系のもの、また腕時計さえも身に着けないので、人が身に着けているものには興味があっても自身の持ち物としては興味の対象とはなりえない。
身軽さは逃亡する時の武器にもなる、って何からだよ。

イリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリー 4

こちらは動物の歯か、爪か、骨を細工したものなのだろう。

若干おどろおどろしさがないこともないが、イリアン・ジャヤのアンティーク・アクセサリーはプリミティブさが炸裂しており、私自身、まだ見ぬイリアン・ジャヤ、待ってろよという気分になった。



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世界でも重要なマーケット インドネシア
インドネシアが重要な市場=マーケットとして、日本で、世界で、再度注目を浴び始めたのはここ数年のことだと思う。

私がインドネシアに完璧に住み、ビジネスにやっきになっていた頃、商品物販系では他社との違いをという意味では仕事も作れたが、結局は大きな一般的な商品、仕事になると、価格・品質で比較をされるメイド・イン・インドネシアは一部の商品を除き、中国製品にほぼ敗退、仕事にはならなかった。

数年前から中国の賃金上昇が輸入商社等では大問題になり、チャンスも増加したが、私が独立した頃に考えていたビジネスモデルではいくら努力しても、売り上げをあげても、明るい未来が見えないのは最早明白だったので、そのチャンスには乗る気は失せていた。
そちらの案件を通して頭の中で再構築出来たビジネスモデルは別の意味で今後活用し、自身の過去へのリベンジを考えているので、あまり気にしていないし、当時舵切りを完全に行った私は間違っていなかった展開になりつつあるので、特に後悔はない。

まあ私のような存在はさておき、大きな雇用で人々を支えている大手メーカーとそれに引きずられる中小企業にとっては、いまやインドネシアは世界の中でも有望マーケットであろう。

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朴大統領 インドネシアに到着=トップセールス展開へ

 韓国の朴槿恵(パク・クンヘ)大統領は6日、インドネシア・バリ島に到着した。今回の外遊は8日間の日程で、就任後4回目となる。

 朴大統領は到着後、アジア・太平洋地域の約1000人の企業家が参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)最高経営責任者(CEO)サミットで基調演説を行う。韓国政府の規制緩和に向けた取り組みなど企業政策を説明し、海外からの投資誘致拡大を目指す。

 7~8日はAPEC首脳会議、9~10日はブルネイで開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(韓日中)首脳会議と東アジア首脳会議(EAS)に出席する。

 10~12日はインドネシアを国賓訪問。ユドヨノ大統領との首脳会談などを行い、13日に帰国する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2013年10月6日 Yahooニュース

日本だけでなく、世界が、韓国がインドネシアのマーケットを有望視している。
将来自国内でのマーケットの成長性のなさでは、韓国人自身が良く理解しており、彼らの企業理念や経営方法はさておいても、日本以上に他に市場を求めなければ自国が回らない。
既に一部はユダ金に乗っ取られているような様で、日本部品の組み立て会社というのが実体なのだが。

インドネシアはいよいよバブっているのだが、私が過去に予測を誤った様に、人口形成はマーケット予測を行う上では外せない部分がある。

インドネシアは経常赤字とインフレに今後も悩まされ、舵取りがうまくいかないと、あっという間に中国状態なのだが、中国と全く異なるのは人口ボーナス期である。

人口ボーナスとは「働き手となる人口が非労働人口の2倍以上存在する状態」。
正式な定義では「15歳から64歳までを生産年齢人口」として、その他の「0歳から14歳と65歳以上を従属人口」と見なす。
「生産年齢人口」÷「従属人口」=2倍以上=人口ボーナス期

中国は一人っ子政策もあり、人口ボーナスのピークも過ぎ、その視点では下降が始まってるのだが、インドネシアは始まったばかりでピークが2025年と言われている。

アセアンの中ではインドネシアと似た人口ボーナスを形成するのは、ベトナムである。

グローバル経済下では決してその統計上ではその国は動かない(叩き潰すことも可能)のだが、インドネシアが現在、世界でも重要なマーケットの一つのであることの根拠にはなるのであろう。



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カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII
ファタヒラ広場周辺を散策し、一服するかと思ったら時にお勧めの場所は、Cafe Batavia カフェ・バタビア(バタヴィア)である。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 10

カフェ・バタビアに初めて訪問した際は、私の大好きな映画「カサブランカ」の「Rick’s Cafe Americain」に訪問出来たような錯覚がおこり、とても感動した。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 8

私の場合、バァの雰囲気がいいため、近所に存在していると、毎日出没してしまいそうな危険な場所である。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 9

そういえば二十歳頃によく出没し、当時の私よりはるかに年配の人々と知り合い、会話を楽しみ、多くの人々にお世話になったバァは、半円のカウンターをもつバァだった。
いまだに当時知り合った数人の方々とはお付き合いが続いている。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 2
バァは1、2階、両方に存在する。

カフェ・バタビアに最後に行ったのは数年前になってしまうのだが、料理も洗練されていて美味しかった。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 5

その当時は中国系の料理人がおり、チャーハンも中々の味だったと記憶している。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 4

ところ狭しと飾られている写真も中々見物である。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 1

カフェ・バタビア Cafe Bataviaの建物は、1805年に建築開始。
1850年にこの建物は、VOC (Vereenigde Oostindische Compagnie・オランダ東インド会社)のアドミニオフィスとして使用されていた。

1990年にフランス人がギャラリーとして買収。 
1991年にはオーストラリア人が買収し、Cafe Bataviaとして運営することを決定。
1993年に現在のCafe Bataviaのオープンに至った。

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 6

ここは2階に存在する男性トイレが中々ユニークなスタイルである。
自身のイチモツを確認するには調度良い

Cafe Batavia カフェ・バタビア
住所: Jalan Pintu Kecil No.14 Jakarta Kota Jakarta Barat, DKI Jakarta
電話: 021 6915973, 021 6915531

カフェ・バタビア Cafe Batavia ジャカルタ散歩 VII 3

ジャカルタに訪れたらお勧めのカフェである。



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大収穫 生姜とウコン
今年のインドネシアの乾季は雨が多そうだという予感があった。

過去に同じような天候になった時に、立派に育ち大きな実をならせそうなキュウリは全て途中から腐ってしまい全滅。

普段は簡単に育てられるカンクン(空芯菜)も、気温が低すぎて育ちが悪かった。
またそういう時期には白い泡状のものを発生させる害虫も多く見受けられたので、その害虫が付かない、これまたほっといても育つ生姜とウコンの栽培にして、大きな収穫をあげた経験がある。

予感通り今年のジャカルタの乾季は雨が多かった。
そしてジャカルタSohoを留守にすることも多かったので、ウコンは葉が落ち、茎が駄目になるぐらいまで放置しておいた。

大収穫 生姜とウコン 1

外から見る土中には大収穫の雰囲気が漂っていた。

大収穫 生姜とウコン 2

スコップを土の中に深く入れ、持ち上げると、生姜もウコンも出てくる出てくる。

大収穫 生姜とウコン 4

お手伝いさんと一緒に、面白いほど土中から出てくる大収穫を目の当たりにする度に何度も大笑いしながら、なった根菜類を傷つけないように収穫。

大収穫 生姜とウコン 3

生姜もウコンも大収穫に大満足。
自身が使用する分を確保して、残りはお手伝いさんと友人達へプレゼント。

大収穫 生姜とウコン 5

調度日本も実りの秋の時期の収穫となったのだが、無事に収穫があると、何故かとても心が豊かになった気がするのはいつでも不思議である。

大収穫 生姜とウコン 6

その感謝の気持ちを祭りという型で神に捧げる日本の文化は、美しく、そして素晴らしい。

大収穫 生姜とウコン 7
これで私の肝臓もしばらくは無敵?

もちろん不作の時も何度も経験しながらも、その様な文化は心が豊かでないと継承出来るものではないと、異国の地でつくづく感じた大収穫日でした。



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Hello There やあ、おひさしぶり
Hello There

Hello There やあ、おひさしぶり 1

お久しぶりです。

Hello There やあ、おひさしぶり 2

PCがいかれて、Hello There とすっ呆けるしかないほど、結構な期間、ブログが疎かになりました。

多忙を極めていたという訳ではありませんが、

Hello There やあ、おひさしぶり 3

PC故障から、

Hello There やあ、おひさしぶり 4

修理まで

Hello There やあ、おひさしぶり 5

不便ながらも友人達にも助けられ、ブログを休んでいた間は、色々と仕事が詰まってきている中で、新たな素晴らしい出逢いも多かったです。

Hello There やあ、おひさしぶり 6

あくまでもビジネス上の出逢いの話で、

Hello There やあ、おひさしぶり 7

素敵な女性との出逢いではないです。

Hello There やあ、おひさしぶり 8

またブログを休んでいる間、皆様の知らないところで、大儲けし、金勘定に忙しかったわけではありません。

Hello There やあ、おひさしぶり 9

酒や

Hello There やあ、おひさしぶり 10

隠微な世界に溺れていたことなどは皆無です。

Hello There やあ、おひさしぶり 11

まったりとしていたことは全くありませんし、

Hello There やあ、おひさしぶり 12

だらしのない独身オヤジとして埋没していた瞬間も決して多くはないと思います。
思いたい…。

Hello There やあ、おひさしぶり 13

確かに出張中、空いた時間で遊んでも、趣味の旅、山や海でストレス解消に努めていたわけでは決してありません。

Hello There やあ、おひさしぶり 14

いまだにこんな若いねーちゃんに囲まれた儚い夢を追っている次第です。

Hello There やあ、おひさしぶり 15

ブログの記事をアップしない間も、それでも毎日500位のPVアクセスはあり、感謝の気持ちと再開できた万感の思いを胸に秘め、この文をしたためております。

Hello There やあ、おひさしぶり 16

このブログを楽しみにしている人は多くはないと思いますが、もし毎日楽しみにしている方々がいらっしゃれば、ご老人の方々、

Hello There やあ、おひさしぶり 17

この際、私の趣味ではない方々、

Hello There やあ、おひさしぶり 18

何故か記事をアップしていない間もアクセスが多かった一流企業の方々、

Hello There やあ、おひさしぶり 19

ホモやニューハーフの方がいらっしゃったら、そんな方々へも、

Hello There やあ、おひさしぶり 20

そして仮に若い女性がいらっしゃれば、隅々まで、

Hello There やあ、おひさしぶり 21

失礼ながらも雑文にて、お詫びとともに感謝の気持ちをここに記します。

Hello There やあ、おひさしぶり 22

突然の多忙や不測の事態がなければ、今後もブログは続けていく所存です。

Hello There やあ、おひさしぶり 23

ありがとうございます!



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Hello There やあ、おひさしぶり 24

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ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 VI
コタ駅の北側は旧バタビアの中心地となっている。
ファタヒラ広場はインドネシアの植民地時代、東インド会社時代の建築物に取り囲まれ、いまだに当時の様子を垣間見ることが出来る。

ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 1

ジャカルタ歴史博物館 Museum Sejarah Jakartaもそんな時代の建築物の一つである。

ジャカルタ歴史博物館は、日本のガイド本には1627年に市庁舎として造られた建築物とある。
別のサイトで確認すると1707年の建築物と綴ってあったり、建築物が完成したのは1712年と記載があったりしている。

ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 3

1627年綴りは現在のジャカルタ歴史博物館ではなく、それ以前の市庁舎のようであり、その後1707年に新たに建築されたのが、現在の建物のようだ。

ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 4

ジャカルタ歴史博物館には16世紀からインドネシアが独立を果たす1948年までのコレクションが所蔵され、バタビア時代の生活様式などを知るには興味深い場所である。

ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 5

オランダ総督が使用した家具や陶磁器、バタビア時代を描いた絵画など、約500点が展示されている。
コレクションそのものは約23,500点を所蔵しているようなので、展示されていないモノもおそらく見る人が見れば宝の山なのだろう。

ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 6

ファタヒラ広場、ジャカルタ歴史博物館 Museum Sejarah Jakartaの周辺には、もと教会だった場所をワヤン博物館 Museum Wayang、もと裁判所だった建築物を絵画・陶磁器博物館 Museum Seni Rupa & Keramik として公開している。

ジャカルタ歴史博物館 ジャカルタ散歩 2

博物館の展示品に興味がなくても、ファタヒラ広場周辺は歴史的にも古い建物が多く、当時を思い起こせるような雰囲気を醸し出しており、私的には好きな場所である。



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プロフィール

MASAKI

Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
商品・商材を、日本を含めた世界へ
紹介・輸出しています。
インドネシア情報満載のブログです。



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