インドネシア情報局

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98年 インドネシア暴動後の写真

97年のアジア通貨危機は、インドネシア経済にも多大なるショックをもたらせた。 通貨の大暴落、ルピア防衛の為、金利の大幅上昇(金利は確か60%を超えた)、物価の大暴騰、不動産の大暴落、外資系の会社も含む企業破綻。
外貨で給料を貰っていた私達は諸々の影響を回避出来ても、現地通貨ルピアで給料を貰い、生活してきた人々にとっては、数倍に上がった物価では食べていけなくなった。 手の打ち様のなかった政府への不満が爆発、そして学生を主体に民主化の動きが加速し、大暴動後、30年以上独裁政権を続けたスハルト政権が崩壊。

当時、確かに東南アジアはバブルだった。
マレーシアのマハティールがジョージ・ソロス達に食ってかかったが、アジアの国々は国際金融に精通しているというにはほど遠く、隙があり、デリバティブを駆使するヘッジファンドの良い餌食になった。
見事なほど、華僑が所有していた財閥系企業を叩いた(インドネシアでは特にサリム・グループが大きな後退。 BCA<銀行>の取り付け騒ぎなど)。 その後、シティバンクの支店は急激に増えた。

一国が崩壊する時のエネルギーは、想像を絶する程、凄まじい。
通貨が崩壊し、悪性インフレが進む時の速さは、人や中央銀行が手を打てるものではない。
そして最後は食べられなくなり大いなる不満をもった怒れる国民により、時の政権やシステムがリセットされる方向に向かうのだろう。

暴力による解決が正しいとは思えないが、添付する写真は、日本の政治家の皆さん、特に現政権を担う自民党とその取り巻き政党と一部の企業、及び税金を食い物にしている官僚の人々へ、私からのささやかなるプレゼントです(笑)。

写真は98年5月15日のジャカルタ大暴動後のもの。
5月16日と17日に撮影。

暴動6

戦車が珍しく近くで見物するおじさん。 
緊迫したムードの中で、ほのぼのとしていたのでシャターを切った。

5月13、14日前後に、あちこちで暴動、放火騒ぎが発生し始めた。

暴動1

大きなホテル、デパートは軍を雇い、戦車で威嚇防衛。

17日には街の様子はかなり回復した。

日系企業は家族への帰国命令。
駐在員は大きなホテル等へ非難。 
この時(5月15日)は日本国領事館からも携帯に電話が入り、避難情報等の連絡を頂いた(感謝)。

調度電話が鳴った時、帰宅途中。
ほとんどの大通りが封鎖され、自宅への帰宅が不可能に。
裏道に入るも、あちこちで車への放火も起きており、危険な状態。
野次馬の中にも親切な人が多く、「そっちへ行っては駄目だ」とか「この道を使って安全な大道路にでた方が良い」とかアドバイスをもらった。
逃げ惑うこと約1時間半。 知人の住む高級アパートに逃げ込めた。

車の前を戦車が走っていたり、10メートル先位で車数台が放火されているのを見たり。
そんな状況に陥ったのは、会社のトップ2名(インドネシア人と日本人)のおかげ。
数百社が入る有名なオフィスビルに会社はあった。テナントとして入っていたレストランやコンビ二の従業員も含め、ほとんど全ての会社が閉鎖、スタッフを避難させたのに、私が所属する会社は通常通りに営業していた。 会社のトップは携帯も通じない、指示もない。 食事も出来ない状況で、ローカルスタッフはその日夜まで帰宅不能となった。 逃げ惑う羽目になる2時間前程、驚く光景を目にしたが敢えて記載は止めておく。

その会社は既にない...当たり前か(笑)。
「無責任な責任者と一緒に仕事をすると自身の身にも危険が及ぶ可能性がある」という教訓を残して。 貴重な体験をありがとう(笑)。
これから就職する人は、経営者の経営手腕はもちろん大事だが、トップの人間の人となりを良く見た上で、企業を選択することを強くお勧めする。

暴動2

また煙がうっすらと立ち昇るグロドックエリア(コタ・チャイナタウン)。

この時の暴動の国民の怒りの矛先は、政府を除くと、華僑に対してであった。
インドネシア 経済の7、8割は華僑が握っている。
心ある経営者も多いが、労働法や最低賃金を守らない企業も多かった。
それで労働者を酷使し、ボロ儲けしている様を見せられていれば...。
溜まりにたまった不満と大いなる嫉妬心、生きていくことへの不安が、怒りの起爆剤となった。

5月13ないし14日頃からコタ(チャイナタウン)方面は、放火による煙が立ちこめ初め、15日に昼にはその煙の凄さがオフィスビルからも見て取れた。 その時点で他社はほとんど閉鎖、スタッフ達は避難・帰宅を始めていた。

暴動3

投石、放火、レイプが横行。

大型スーパーなどを襲った国民は、手に負えなくなったインドネシア国軍が外から火を放ち、帰らぬ人となったケースもあるようだ。

暴動7

不満を爆発させ、暴徒と化した人々は貧民層が多い。
中には自身の会社を襲い、放火なんてケースもあったようだ。 ただしその行為により、会社は消滅。
大不況のあおりを受けて、長期失業状態になった人も多い。 一部の人は自業自得。

暴動5

あちらこちらのビルが投石による被害を被った。

今回の「 インドネシア 暴動局 」じゃね〜や、「 インドネシア 情報局 」は、98年5月暴動写真が出て来たので、<怒れる国民>をテーマにお送り致しました。


私も最近、不満がある、怒りを感じるという方、

 

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テーマ:インドネシア - ジャンル:海外情報

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