色々考えてみると日本語に「あなた」「あんた」という言葉があり、「アンダ」は同様に、とにかく相手を指す言葉なのにも関わらず、私が耳にした時にさらっとした感じがないのに起因しているのだろう。
濁点のつく特有の響きが大いに影響しているのだと思う。 例えば「あんだ、あのこの何なのさ」(古いね)という台詞にしても“た”と“だ”では全く感じが異なるではないか…?
私の大好きな作家、故梶山季之さんがエッセイで男女の夜のせりふを紹介していた。
相当昔の話。とても美しい芸者さんと夜を共にした男性の話だったと記憶している。男女共にのぼりつめたところで、芸者さんが「あんだア…えぐゥ、えぐゥ」大声を上げ、女性の美しさと語感のギャップで、男性が萎えてしまったという笑い話。床を共にするまでは、女性は、美しさ同様綺麗な標準語を話していたとかで、興奮し我を忘れた時に、方言が思いっきり出て東北地方出身ということが判明したというほのぼのした話。
どうもこの話が私の頭に引っ掛かっていたようだ。
インドネシア在住の日本人に「Andaは語感がセクシーではない説」を展開しても、皆私の様な違和感はないとのこと。 どうも壊れていたのは私の感覚であったらしい(笑)。
ちなみに「わたし」のことはSaya サヤと言う。 最近のスラングで、サヤと言わず「グゥエ」というのが若い人達の間で一般化しているのだが、いくら南国系の凄い美女であろうが、キュートな娘であろうが、このセリフを耳にすると私にはセクシーではないのだ。
昔の記憶や語音が原因で、語感に違和感を覚える...。
こんな経験ありませんか!?
無いという人でも、とりあえず(笑)

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