インドネシア情報局
インドネシアでの日々の出来事、生活情報、旅行情報、面白ニュース、お店等の最新情報を綴っています。またインドネシアを中心にアジアの様々なメーカー商品や商材を紹介していきます。 ビジネスに対する御質問もお受けしています。
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豆腐がスイーツ?
タイトルの便宜上、スイーツと記載したが、男性が使用する言葉としては何故か気持ちが悪い。
よってここで訂正。 「 インドネシア では豆腐もデザート? 」って、一度使用した枕言葉だな、こりゃ(笑)。

チャン・チャン…チャン・チャンなんて鉄を打ち鳴らした様な音が定期的に聞こえてくる。 音が定期的に聞こえるのは、販売しているおじさんが歩を進めるのに合わせが音がなる仕組みのようだ。

Kembang Tahu1
私のソーホー前もコースになっているので、ほぼ毎日やってくる。
自転車や引き屋台ではなく、暑い中徒歩。
肩に荷物をぶら下げて、力強く歩を進める。

Kembang Tahu クンバン タフ
Kembang は「膨張した・ふくらませた」という意味がある。

<クンバン(今晩)は膨張した>と記憶すれば覚え易いかもしれない…って何が膨張したのか疑問だし、無理に笑いを取ろうとすると駄目だね…やっぱり(笑)。

Kembang Tahu2
とってもコクがあり、美味しい豆腐です。
どうも インドネシア で言うところの通常の豆腐とは若干異なり、話を聞く限りでは<日本の湯葉に近い>気がしている。

Kembang Tahu3
グラ・メラ(天然砂糖)とショウガで作られた甘味。
これが癖になる。

Kembang Tahu4
豆乳も一緒に販売している。
購入時は出来たての様で、凄く熱い。
残念なのが、既に甘みが付いている。 甘みがないまま飲みたいのだが。

暑い国では甘い味が好まれるが、「砂糖などで甘味を加え、保存時間を少しでも長くする工夫」あるいは確か中国医学では「砂糖は体を冷やす」らしいので、この辺の知恵が古くから働いているのでは…と考えている。

Kembang Tahu5
これが、Kembang Tahu クンバン タフの出来上がり状態。
熱いまま食べるのも良し、冷蔵庫で冷やしてから食べるのも非常に美味。
甘い味の割には、ショウガが良く効いているせいか、サッパリとしている。

疲れた時、食後のデザートにも最適。
味は全く異なるが、インドネシア版 杏仁豆腐と思えば良いでしょう。

Kembang Tahu6
いつもこのおじさんから購入している。
値段は、豆乳Rp.2,000(約24円) Kembang Tahu Rp.2,500(約30円)。

おじさんは偶々知り合いの近所に住んでいるようなのだが、朝8時頃出発し、帰宅するのも夜8時頃のようだ。 休憩は取るのだろうが、暑い気温の中で歩き続けるこの労働。
見ているだけで頭が下がる。


こちらはショウガを効かせず、甘~い評価で、

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Japan Jewellery Fair 2008
Japan Jewellery Fair 2008 ジャパン ジュエリー フェアー 2008が8月に東京で開催されます。

日程 8月27日(水)-8月29日(金)
時間 10:00 - 18:00 (最終日は17:00まで
場所 東京ビックサイト

インドネシア からは当ブログで紹介した<Reny Feby レニー フェビー>が出展予定です。

Reny

私もレニーからの要請で、ブースにおりますので、言葉が心配な方も問題ありません。
ブース番号が明確になりましたら、また当ブログにてご連絡差し上げます。

http://www.japanjewelleryfair.com/ja/

展示会詳細はこちら↑をご覧下さい。



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ワイルド・ライフ インドネシア 蜥蜴編
インド人のモーニングコールで素敵な朝を迎え(笑)、仕事をしていたら、気付いた時は午後の1時。 遅いブランチを食べて、しばし休憩。
本日は祝日でルキ二も入っていないので、皿を洗い終え、さてコーヒーでも入れて一服するかと流し台から離れた時に目に留まったもの。

小さな部屋の片隅にトカゲ。
まあ インドネシア にはヤモリもそこらじゅうにいるので、普段なら気にもならないのだが...。

とかげ1
トカゲのサイズはごくごく普通なのだが、とにかく尻尾がやたら長い。
こんなトカゲは見たことがない。

とかげ2
記念に写真を撮ったのだが、動かない。
私が皿を洗っている時にでもふんずけて、こんな格好で絶命したのかと思った。

とかげ3
しばらくするとチョロっとしたを出したので、生きていることに気付いた。

捕獲しよう!! そう思った。
ギネスブックに「体のサイズに対し、尻尾が世界一長いトカゲ」として申請出来ないか考えた。
ギネスブックに載ったら、賞金は出るのだろうか...?
借金を返済しても、賞金があまるようなら久しぶりに遺跡を観に。 ペルーのマチュピチュ、久しぶりにヨーロッパ、まだ見ぬ英国ストーンヘンジの後にロンドンのパブ巡りも悪くないねえ、なんて一瞬楽しい想像。

しかし飼っている間の餌はどうする?
上手く餌を与えられず、尻尾が縮んできたら...?
巨乳の女性がダイエットしたら胸が小さく萎むという事はあるかもしれんが、トカゲがダイエットしても尻尾が縮むとは思えん。

大体、このトカゲの態度がチト気に食わん。
尻尾で体が安定するせいか、左手を壁に掛けて、完全に立っている。

とかげ4
「ヘイ、彼女、お茶しない!?」(古)

そんな風に見えてしょうがない。
休みの日に、朝インド人に叩き起こされて、枕元にでもこんな奴がこんな格好でいやがったら、相当腹が立ちそうな態度だ(笑)。

とにかく家の中にいるのも気持ちが良くないし、捕まえて外に逃がそうと捕獲を試みたのだが、やっぱり尻尾を切って逃げようとした。
あまりに長い尻尾のせいか、尻尾は2度に渡り切れた。

とかげ5
どうです、サロンに行って、長尾から短尾にイメチェンしてみました!!

とかげ6
イケテないですか!?
私としては、さっぱりして、以前より女性ファンの心を更にグググッと掴めるような気がしているのですが...(笑)。 しばらく片腕をついて立つのがチョッと難儀になりましたが。

ギネスブックの賞金で、ペルーあるいはイギリスへ向かう筈だった私の旅はあっさりと消滅した。

とかげ7
捕獲中に切れた尻尾。 しばらく激しく動いていた。

静止後、定規で長さを測ると、10センチと7センチ。
本体に残る部分も2センチ位はあるので、合計の尻尾の長さ約19センチ。
トカゲの体は8センチ弱だった。

まだ見ぬものや知らない事が世の中にはたくさんある。
本日は改めてそのことを、トカゲから勉強させて頂きました(笑)。


旅に出られず残念だったね!と思ってくれた方、

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インド人のビジネスネットワーク
本日7月30日は、< ムハンマド昇天祭 Isra Mi'raj of Prophet Muhamad SAW >で休日。

朝はゆっくり出来る筈だった。
しか~し、朝っぱらから、「Masaki、早朝に入れたメールの回答がまだ来てないぞ!!」と香港のインド人からの電話で叩き起こされた。 神は私を休ませてはくれなかった(笑)。 まあ仕事関係の電話なので、一向に構わないのだが、濁声英語の男性からではなく、たまには優しい女性の声で起床し、清々しい朝を迎えてみたいものである。

本日は休日であることを説明。

過去にもインドやパキスタンの人とはビジネスをした経験がある。 粘り強く、打たれ強く、激しい交渉、そして時には道理も理論も理屈にないことを平気で口にするので、う~んと頭を捻らしたこともあるが、こっちも言いたいことを言い放つ性格なので、付き合い難いとはあまり感じたことはない。 時間の無駄が多いのが、チト気になるが。
今朝電話をしてきたMr.シェブリは、日系企業で勤めた経歴ありで、日本滞在も数年経験しているので、今までのインド人よりははるかに付き合いやすい。

最初は現在の案件の進捗具合を話していたのだが、ヒョンな具合で話がプライベートにそれた。 チャンスとばかりにこちらからも色々と質問。
彼のビジネス・ネットワークを聞き出すことに成功。

彼の家族はインドに滞在。 彼自身は既に67歳で、子供達を世界中においている。
長男がアメリカ、ニューヨークでビジネスを取り仕切っている。
次男がヨーロッパ、ドイツで活躍。
親戚がチェコを拠点に別働隊として動いている。
兄弟がアフリカ大陸に倉庫を持ち、9つのマーケティングチームを構成。
主に取り扱っているのが、ガラスや石鹸、消耗品全て。
そしてシェブリが香港に滞在し、アジア圏を総括している。
世界48拠点。
6ヶ月前程は南米に拠点作りに出かけていたので、どんな人選を行ったのか聞き出すのも近い将来の楽しみだ。

凄いと思うのが、商品購入したメーカーに、その原材料を購入しないか逆提案し、そこそこ実現化させている点だ。 本日の電話も、「商品購入しているイランのメーカーが、材料のパーム油を購入したがっているから、お前に電話した」とのこと。 「明日ミーティングするから結果連絡待ってろよ」だって。

「今はタイとフィリピンからヨーロッパに家具を入れているが、来年7月からはインドネシア製に切り替えることが決まっているから、そん時は宜しく」と、スケジュール管理も見事。

それでも大手商社とは異なり、各国の拠点は私やシェブリ本人同様、非常に少人数で、フリーランス的に行動している。 各拠点のそれぞれの情報や引き合いをシェアしあい、商品調達する時に一番メリットのある国の担当者に投げる仕組みだ。 お見事!!

この印僑のネットワーク。 こうしてみると見事に「 ユダヤの商法 」にそっくりだ。
各国に置いた家族、親戚で固め、情報を見事にシェアしあい、お金を生み出す。
ビジネスにおいて一番肝心なお金のやりとりで、裏切り行為が出ないよう最大限の手を打っている。
インドネシア でも大手メーカー数社とは直接取引きもあるようだが、支店のように動けるパートナーがいなかったらしい。

「インドネシア には親戚だか、家族はいないのかい?」と私。
「いない」
「他のインド人パートナーを探すとか? いままで探さなかったのか?」
「探したけど、これだという奴が見つからなかった<私は自身が所有するデータで、3年前程に彼が実際に来イしているのを知っているので、本当だろう> 他縁のインド人はすぐには信用が出来ない。 日本人のお前の方がよっぽど安心だ」
まあこんあ甘いセリフを100%信用する気は毛頭もないが、彼の言っていることは分かる気もする。 1社インド人が経営している石鹸メーカーと交渉中だが、こちらのコミッションは確保出来ると踏んだので、インド人同士で直に交渉させたら、全く上手くいかない(笑)。 とくにメーカーサイドのインド人は、私が良く知るインド人気質がモロ出しで、香港印僑のシェブリも「駄目だ。アイツのところは」なんてボヤいている。

私と彼とのビジネスがどうなるかは今後のお楽しみだが、彼の世界に広がるビジネス・ネットワークは、私が理想とする組織・ネットワークなので、しばし師匠としてお付き合いをするつもり。


相変わらず酒が入ると
「 アジア 一のブローカーになってやる」
とほざいている小者の私ですが(笑)、

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お笑い実話 インドネシア編1
私が インドネシア の友人に聞いたり、直面したり、新聞・雑誌を読んだりして、忘れられない「 お笑い実話 インドネシア編 」を少しずつ紹介していこうと思う。

アメリカが、アフガン空爆に突入した頃の話。

テロ行為は断固反対する人が多くても、イスラム教徒としての同胞、一般人を苦しめるなという意味から、インドネシア国内では反米デモが盛り上がった。

東ジャワのスラバヤ(インドネシアでは首都ジャカルタに次ぐに大きな都市)でも同様に、複数のイスラム団体が米国製品ボイコットのデモ隊を組織、街の中心部でデモ行進を行っていた。
デモ隊は約千人くらいの大規模なものだった。

そのデモ隊の前に、デモを労う一台の車が現れて、無料で米国コカコーラグループの商品であるファンタやスプライトを配り始めたところ、デモ隊参加者達が我先にと殺到、あっという間にジュースはなくなった。 

ちなみにそれらのジュースを提供したのは、米国関係者ではなく、東ジャワ州に住む現地の男性。 記者達の質問に答えることもなく、ただただ微笑を浮けべていただけとのこと。

反米デモ隊...力強い行進を続けるも、喉の渇きには勝てず。
コードネーム <ファンタとスプライトの嵐>作戦 に、いとも簡単に陥落(笑)。


私の記憶では、現地邦人向けじゃかるた新聞に、「 反米デモ後はファンタで乾杯 」と記されていたと思う。

この意志薄弱さが、インドネシアらしいところです。 
気の良い奴らが多い国だから(笑)。


笑えなかったとしても、

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モダンな雰囲気のインドネシア・レストラン
日本からビジネスで、 ジャカルタ あるいは インドネシア にこられたお客さんに「 インドネシア料理が食べたい 」とリクエストされると、結構悩んでしまう。
味先行で選ぶと、真の意味でのインドネシア料理は、屋台ないし決して清潔には見えないレストランの味こそが、本当のインドネシア料理の味と私が思っているからだ。 しかしながら、例えそんな場所をお客さんが気にしなくても、翌日腹でも壊し、仕事にならないとシャレにもならない。
そうなると清潔感があるレストランになるのだが、これがどうして バリ島 はともかく ジャカルタ内には非常にレストラン数が少ないような気がしている。 私が知らないだけかもしれないが。

また以前からタイ料理と比較して、基本の味の良さを完全に残しながら、少しだけ洗練されたテイストの インドネシア・レストラン が何故少ないのかが疑問であった。 その辺はバリ島に存在するレストランへ行けば大いに解消されている様な気もしているのだが、バリ島は観光地のため、中には完全に外国人用のテイストになっているレストランも多く見受けられ、僅かに自身の好みとズレを感じる時もある。 微妙に インドネシア料理 と呼ぶには...という感じが結構多い気もしている。

私自身、美味いものは大好きだが、グルメなんぞとは思っていない。 味覚は人それぞれ好みもあるから。 それでも インドネシア に住み、世話になっている国だから、この国の料理・レストランも、世界に認められるレベルの物がドンドン出てきて欲しいと思ってしまう。
「この国の料理とタイ料理のどちらが好き」と聞かれれば、実は私はタイ料理の方が好きなことにも起因しているかもしれない(笑)。 負けるな インドネシア という具合に(笑)。

さて前振りが長くなったが、実は意に適うレストランがオープンした。
それもソーホーから比較的近い場所に。

Pawon1
ディスカウント20%の広告は興を削ぐが、安い方が良いに決まっている。

Pawon4
凄く広いスペースではないが、十分ゆったり出来る。

Pawon2
ただしオープン・レストランになっているので、冷房は効いていない。

Pawon3
それでも室内から外を眺めた時のデザインが、緑あり水の流れありの演出なので爽やか。

Pawon5
オープン・レストランだが、中は決して暑いという程ではない。

Pawon6
テーブル・椅子も十分なので、ちょっとしたパーティー使用にも可能。

Pawon7
Beras Kencur ブラス・クンチュール
以前このブログでも紹介。 確か捻挫した時の湿布薬として紹介。
バン・ウコンとお米で作ったジュース。
体に効きます。

Pawon8
Tahu Goreng Petis 豆腐を揚げたもの。
中に少し甘みのあるソースが挟まっている。

Pawon10
私の好物、ソト・アヤムに見えますが。
Soto Madura ソト・マドゥーラ
トリではなく、牛の贓物を煮込んだもの。
サンバルを少し入れ、辛味を効かし、白いご飯にかけて食べると美味い。

Pawon11
Bebek Goreng アヒルを揚げたもの。

Pawon12
夜はロマンティックなキャンドルですが、昼間の機能としては「ハエ避け」です。
蝋燭を燈すと、ハエがあまりよってきません。

Pawon13

確かにバリ島には結構存在してそうなレストランですが、冒頭に述べた「 インドネシア料理 の基本の味の良さを完全に残しながら、少しだけ洗練されたテイスト 」なのです。 雰囲気と盛り付けのせいかも知れませんが(笑)。

日本人学校 JJS からも決して遠い場所ではないので、子供さんの送迎をされている奥様達は寄ってみたら如何でしょうか? ビンタロのゴルフ打ちっぱなし練習場の横にあります。 ジャカルタの中心地にあれば、来客時にも使用出来るのですが残念。


レストラン名 PAWON  - Taste of Java -

電話     021-745-6949
営業時間  10:30 - 21:00
住所     Jl. Wahid Hasyim Blok FG-12 No. 43, Bintaro Jaya Sektor VII, Tangerang


個人的に1点だけ大いに不満なポイント。
酒・アルコール類を置いてない。 
ワイン、ウィスキーでも置いてあれば、夜も楽しめるのに。
今度持込可能か確認せねば!!


あなたは昼専門のようですなと思われた方、

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家族の死と誕生と
2008年7月26日は多忙を極め、私の インドネシア 生活の中でも忘れられない日になった。

この日はウィッシャー兄弟の一番末っ子、妹のアデの結婚式。
披露宴は19時からだったが、夕刻の家族の式から参加しようと考えていた。

一つ心配していたのが、ウィッシャーのお父さんが先週緊急入院。 集中治療室に入っていたのだが、意識・体も見かけはしっかりしており、本人の強い希望で退院。 披露宴はともかく、家族で行われる「自分の娘を婚約者に引き渡す行事」は絶対に自分が行うと言ってきかずの退院。 自身で歩けていたし、言葉も明瞭だった。 それでも5人兄弟の長女ウィッシャーは命数を予感し、式が終わるまでは何とかと文字通り祈る日々だったようだ。

大した手伝いの出来ない私は、車と運転手の手配を約束。
9時にウィッシャーから確認の電話。 震えるような声だった。 これから車が出る旨を伝え、嫌な予感がしたので、何があったか尋ねると「先程、お父さんが亡くなった」とワッと泣き出した。
私自身は15時頃に出発を予定していたのだが、急遽変更。 身支度を整え、出発。 ウィッシャーの実家へ向かった。

お父さんのソフィヤンさんは、今風の日本語で言えば「ちょい悪オヤジ」だった。
冗談や悪戯が大好きで、入院してもそんな調子だったが、私には何か憎めないチャーミングな方だった。 酒も飲んだので、「カミさんには内緒だよ」なんていいながら、過去には何度か一緒に飲みに行った。 昔行った悪戯話を聞かせてもらい、楽しい時間を過ごした。 私自身には同じような匂いを感じていたのか、かなり気が合っていた方だと思う。

死顔は安らかだった。 残念なのが、本人が希望した「娘を婚約者に渡す行事」まで命が持たなかったことだ。 早朝、庭先で近所の人と会話をしていたらしい。 「健康になるよ!」なんて笑って話していたらしい。 親戚の人も地方から出てきていたので、その後はその人達と興奮しながら会話をしていたようだ。 そしてその会話中に、突然の心停止。 病院に着いた時は亡き人になっていた。

こちらのイスラム教徒の埋葬は早い。 気温が暑いことも影響していると思うが、その日の内に土葬してしまうケースがほとんど。
式の予定を変更し、とりあえず葬儀の準備。 ご遺体を水で清め、その後亡骸の前で、重要な結婚式の行事を執り行うことになった。 ウィッシャーの家族、兄弟、ましてや結婚式当日に父親を亡くしたアデもショックを隠せず、式の途中で読み上げるセリフが詰まるシーンもあったが、何とか無事に行事も終了。 見守る人々の多くの目にも涙の式。
その後はコーランをあげ、最後のお別れ。 警察先導で、救急車でイスラム墓地へ。
ここで、結婚式を遂行するグループと墓地での埋葬に立ち会うグループに別れ、私は最後のお別れの為に埋葬のグループへ。

墓地はソフィヤンさんが生まれ育ったエリアにあるモスクのすぐ裏。
こちらで待機していた彼の兄弟、親戚で、再びコーランでお祈り。 そして埋葬。
全てが終了した時は16時半。 それまで、アグンとウィッシャー、家族、私、皆食事をする時間も無かった。 妊娠中のウィッシャーをアグンとともに心配したが、彼女も一番年長という気持ちがそうさせているのか、非常に気丈だった。

披露宴出席の為、洋服を着替える必要もあるので、私は一度帰宅。
シャワーを浴び、着替えると、既に出発しなければ間に合わない時間。

式の時、壇上で挨拶に立ち会うウィッシャーのお母さんエフィさんが心配だったが、亡きお父さんの代わりに長男のドディが並び、こちらも気丈に対応した。

Ade1
新郎新婦、入場。

Ade2
とってもチャーミングなアデ。 ただし写真の腕は大いに問題ありですな。
これまでも、カタログ作製時にはモデルとして助けてもらった。
私が知り合った時はかわいい高校生だったが、大きくなりやがって!!
幸せになれよ!!

Ade3
こちらは壇上で、両家の両親がサイドに立ち、新郎新婦が中央。
順番に握手と挨拶。 その後は各々立食のパーティー。

Ade4
光って写真は分かり難いが、ウィッシャーのファミリー全員。
5人兄弟とその家族、そしてお母さん。
ソフィヤンさんがいないのは残念だが...子供は全員しっかりとした職を持ち、結婚、子供もおり、時を経て、これだけの大ファミリーになった。

私が父を亡くした時。 末期ガンだったが、弟の結婚式には出席。 そして死。 その直後に、義理の妹の妊娠。 この時はまだ時間的な余裕があったので、死と生を時間をかけて認識したように思う。

2008年7月26日は多忙を極め、私の インドネシア 生活の中でも忘れられない日になった。
親しくして頂いた年配の方の死とその新しいファミリーの誕生に、ほぼ1日の時間を立ち会った。

人がどの様に生きて、どの様に死を迎えるのかは千差万別だ。 私は、生まれた環境や努力だけでなく、自分が何者になりたいか、自身の意識のあり方が運命に影響すると考えている。
人を愛して、結婚し、家庭を作り、死を迎える。
7月26日は、こんな単純で当たり前のことが、何故か<人にとって大切で重要なこと>のような気がした1日だった。 何故か分からないが、そこには<種・DNAの保存本能>というよりも、ここで上手く言い表せないが、親しい一家族を通して<魂ある生命・人としての前進と力強さ>を短時間で目の当たりにしたせいかもしれない。

一時帰宅する前に朝食をとったので、披露宴では何も食べなかった。
悲しみを笑顔に切り替え挨拶しているウィッシャー家族を見ているだけで十分な気分だった。
披露宴後、それでも夜中に腹が減る可能性も考え、ちょっとセンチな気分だった私は、久しぶりに一人居酒屋へ。 「この酒は初めてだけど悪くないね」なんて、顔を綻ばせながらソフィヤンさんが飲んだ焼酎で、献杯。


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ラスティック・ファニチャー
天然・自然のままのインドネシア・チークを生かした家具を紹介します。

私は、インドネシア ラスティック・ファニチャー と呼んでいますが、カントリーっぽいというか、田舎風。こう記載すると無骨なイメージも強いのですが、インドネシアらしい、実にほのぼのとした温かみのある家具です。

Pjati2

この写真はメーカー工場前に家具を並べて撮影したもの。
3年位前に左手にある川が大雨により、増水、氾濫。
1ヶ月位音信普通になった時もありますが、今では何事も無かったかのように見事に復活。

Pjati1

欧米系の人達が喜びそうな ダイニングテーブルとチェアー。

Pjati3

以前展示スペースがあったころは、当社の庭でも展示していました。
わざと屋外に置き、数年間商品の様子を見ていましたが、特に問題ありませんでした。

Pjati4

休みの日はこんなチェアーに揺られて、ボォーとしているのも理想です。
何かしていないと物足りない人間なので、私には不可能ですが(笑)。

Pjati5

ログハウス向きですね。
日本の都市部のハウスデザインにはかなり厳しい。

Pjati6

心地良い風の吹く場所なら、一杯飲んでまったりとしたい。
酒飲みはいつでも一杯飲むところから思考が始まります(笑)。

Pjati8

彼らの椅子の特徴は、見かけより非常に座り心地の良いところです。
会社の引越しの際、サンプル放出を行ったら、スタッフ達が真っ先に買っていった...トホホ。
インドネシア ではそこそこの広さの家だと必ず庭があります。そちらに皆さん、設置されたようです。

Pjati7

樹齢の若いチーク材を使用していますが、さすがチーク。
家具として強度も問題ありませんし、アウトドア使用でもO.K.です。

大分以前、日本では豊田ホームでもカタログ販売していました。
やはり大きなロットで輸入しているのは、ヨーロッパで、彼らの上客はギリシャです。


ほのぼのとした家具テイストで、眠くなった方、昼寝前に、就寝前に

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脱いでたのか!? トイレ考察
インドネシア に住みついて、既に6度の引越しをしている。
引越し後、手伝ってくれた男性の一人が「トイレ中の戸のところにクギをうっておきましたから」と言ってきた時はあまり深く考えなかった。

インドネシア では物やお金を渡す時に、左手で行うのは厳禁だ。
普通の一軒家のトイレには必ずと言っていいほど、大量の水を貯めることのできる水槽タンクが設置されており、プラスティックで出来た手桶が置いてある。
要するに小なり大なりことが済んだ後は、必ず部位を水で洗う。その時に使用するのが左手の為、不浄の手とされている。

ある程度お金を持っている家庭以外は、湯沸し器を所有していないので、トイレと水浴び場が共有。
シャワーの代わりに水を浴び、またイスラムのお祈り前に顔や手足を洗う場所としても使われる。 熱い湯で身体を洗いたい時は、別途水を沸騰させて、その水槽タンクの水と混ぜるのだ。

最近は増えてきているが、まだまだ一般家庭には水洗式のトイレが普及しきっていない。 昔からのスタイルは日本の和式に似ているのだが、大の時は向く後方が逆になる。 そして事が終了した後、先程の手桶で水を流すのだ。
余談になるが下水完備が遅れているジャカルタではいまだに家の地下に当たる部分に作られた場所に汚水を流し込んでいる。 話では5年以上持つといわれているが、汚物が一杯になると昔懐かしの汲み取り車がやってくる。 懐かしくても、臭さゆえ、嬉しくはないが…。

さてある日、事を無事に終了し、戻る途中、前述のクギが気になった。
はたして何に使用するのだろうか?
早速友人に聞くと、「えっ、脱がないんですか?」と逆に聞いてきた。
よくよく話を聞いていると、大の時はお尻を洗う際にズボンが水で濡れてしまう可能性があるので、ズボンとパンツを脱いでいるとのこと。 要するに下半身スッポンポン。 それでも習慣となっていることは割とスピーディーで、トイレに行っても腹の調子が悪いと言っているケース以外は、大して時間がかかっていない。 もちろん人にもより、皆が皆、脱いでいるわけではないらしい。 
感心すると共に、子供の頃、よく全部脱がないと安心して出来ないという友人がいたのを思い出した。かなり前に、ついつい苦笑しながらその話を友人達にしてしまった。

私が馬鹿にした訳ではないのは、友人全員理解していたのだが、すぐに逆襲が始まった。

「脱がないということは洗ってないの?」
「日本人は紙を使うんだ」
「えー」
「もちろんウォシュレットがあれば、最近の日本人はお尻も洗っているぞ!!」
「でもインドネシアで、ローカルトイレを使用の時は、洗っていないんですよね!?」
挙句の果てに笑いながら全員で、「汚い汚い」の大合唱。

またまた頭の切れる子が、 「 インドネシア は汚職で汚れているけど、日本人はお尻が汚れている 」なんて言い出したものだから、皆で大爆笑。

その後、何度かローカルスタイルを試そうかと悩んだが、現在までの私の左手は、通常の日本人として役割のみに使用されている。  


左手でも構わないので、

 

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酒は飲めます!! インドネシア
意外に知られていないのだが、インドネシアは世界で一番イスラム教徒を抱えている国である。
人口は2億3千人以上。
その内の8割以上がイスラム教徒と言われている。

さてイスラムと言えば、一日数回のお祈り、1ヶ月にわたる断食(日の出から日が沈むまで)、豚を食してはいけない等、他宗教と比較すると戒律の厳しさが目につきやすい。
アルコールの摂取も基本的には禁止である。

それではインドネシアでは飲めないかと言えば、ジャカルタ内には日本の居酒屋やカラオケが犇めいているし、バンドの入ったカフェではビール、ウイスキー、ブランデー、カクテル等と日本同様に飲むことができるので、呑み助の私の生活には全くの不自由がない。
ちなみに私が日本メーカーの海外営業部に所属していたころは、フレックスタイムが導入されても遅刻していた勤務態度の悪さ故に、よく取締役から、アジア地域から中東地域担当に変更するぞと脅されたものである。

現地の人達も戒律を守る人たちは飲める場所でも、ジュース、コーヒー、紅茶を飲んでいる。
しかし、私の判断では、結構飲むのが好きな奴も多い。
そういった人達に興味があったので、戒律はどうなんだという質問をぶつけてきたのだが、
「飲んではいいが、酔ってはいけないと戒律では言われている」
とか
「コーランには飲んではいけないなどと記載されていないんじゃないかなー?」
と、どうも都合の良い様に解釈されているケースも多い。

単なる自己弁護だと思う。
このいいかげさは大変気に入っているのだが、いかんせん仕事上でもこういういいかげんさが発揮されるので、困るケースも非常に多い。

若い人達は結構飲むのが好きな奴も多く、冗談交じりにモダンモスリムだ何て言っている人もいる。
大分以前には、ふと気が付くと、私の周りの友人は飲むのが好きな現地人だらけになっていた。
気候の暑い地域だけに尚更、やっぱり仕事の後のビールの美味さは日本と共通で、類は友を呼ぶという言葉は、宗教の壁を取っ払い世界共通語なのだ。 アラブ諸国内や戒律を厳格に守る人の前ではとても言えないセリフだが…。

既に定年退職した私の運転手が痛風になった時。
彼はプロテスタントで、イスラム教徒ではなかったが...。

どうも私がビールを与えすぎたのが原因ではないかと、密かに噂が立っていた。

 

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ホモ、以外に多し?インドネシア
インドネシア では、ホテル等のサービス産業、ヘアーサロンの従業員等にはホモが多いと耳にする。 事実、私が通うヘアーサロンにも思いっきりそれ系の男性が1名存在する。

立ちんぼも多い。 このケースの場合、日本で言うところのニュー・ハーフ。 下を切断したかは分からんが、胸は完全に作っている。 女性と間違えている訳ではないと思うが、車を止めて、価格交渉をしている人も数度見かけたことがある。
既に歳をとったホモの人が、タンバリンを叩いて、物乞いをしているのも道路で見かける。

その昔こちらに日本人のそれ系の友人が居たことがある。 私とは単なる飲み仲間。 彼曰く、金曜日だか、土曜日の零時過ぎになると、それ系の人々が集うクラブもジャカルタ内にあるらしい。 パートナー探しの場所にもなっているとのこと。 「私以外にも日本人駐在員でそこの常連さんが2名もいるのよ」 そんな話を聞いた時は、「へぇ~、日本人駐在員にもいるんだ」なんて驚きもあったが、仕事の能力と個人的なSexは、企業の営利活動にはあまり関係なさそうだものなあ~と一人納得していた。

まあ自分にはない趣味なので、それ系の人の生態には興味はある。 Sexシーンを除いて。
また亡き父の知り合いで有名デザイナーの方もそうだったので、個人的に差別はないと思う。
ただし惚れられたりしなければ...。
 
インドネシア・デザイナーにも数人それ系の方がいらっしゃる。
日本では無名でも結構世界的に有名なインドネシア・デザイナーも多い。
バリ島の展示会で知り合ったインドネシア・デザイナー協会のヘッドを食事に招待した時、「友人を連れて行って良いか?」と聞くので、「モデルでも連れて来てね」と返した。 彼が同伴したのは、チンチンの付いている愛人だった。

ある時、ジャカルタで、展示会とショーが開催された時、ウィッシャーが招聘され、無料参加したことがある。 オープニングセレモニー。 ショーと食事を楽しむ時だった。 私の隣にはインドネシアの織物、ソンケット界では最も有名なデザイナーが着席した。
言葉が通じることが判明するとやたらに話しかけてくる。 ショーを無視して。

オープニングが終了し、各ブースの商品を見て回ってきる時も、幾人かの男性モデル、男性デザイナー達の視線が纏わりついてくる。 最初は日本人が参加していることが、珍しいのかと思っていたが、小声でウィッシャーに質問すると、「他の国でも同じだと思うけど、インドネシアでも繊細でクリエイティブな仕事をするデザイナーやモデルの人達は結構ホモが多い」とのこと。
挙句の果てに彼女は笑みをこぼしながら、「ソンケットの大御所は、あなたのことを気に入っているみたいですね。 ショーの間もそちらの方ばっかり見ていたし。 彼の高級ソンケットが欲しければ、ただで数枚くれると思いますよ。 一晩お付き合いしてみてはどうですか?」 なんて冗談。 しかしながら良く考えてみると、セレモニーの席は他にも空席があったのにもかかわらず、何故か私の横に着席したなあ~と思い出した。

私自身は全くのそっち系の趣味はない。 ただし、彼らが持つ巧みな話術に感心し、面白さ追及と称して新宿2丁目のバアで飲んた経験は数回あるが。

イベント最終日。 その大御所のショーが始まる1時間半位前。 まあせっかく知り合ったのだし、とりあえずエールをおくりに彼のブースを訪問した。
彼はショーには既に慣れているのか、悠然とブースの前に座っていた。
私は立って話していたのだが、そのうち座れと言ってきた。
とりあえず着席すると、私の真横に座りなおし、腕を掴んで離さない。
他のデザイナーが挨拶にきたりしている間もそんな調子なので、展示会場を訪れた人々の目につき、目立ってしょうがない。
私も同類と思われているのだろうかと思うと汗が滲んできた。

彼のペースにはまらない様にと
「どのデザインが最近評判がいいのですか?」と話題を逸らすと、
「あの緑の」と指を刺す。
しかしその方向には緑のソンケットはない。
再度質問しても同じ回答。
その指の方向には彼の店で販売員をしている、その日“緑色”の洋服を着た若い女性が立っていた。

「あの子、父親がインド人なの。 かわいいでしょう? どう寝てみたい?」と大御所。
凄い美人ではないが、確かにエキゾチックな雰囲気を持っている愛くるしい女性だった。
しかし当の本人目の前にして、酒も入っていない真昼間(酒が入り、座が壊れていたら良いという問題ではないが...)から堂々と、「抱いてみたい」と言うのも失礼なので笑ってごまかしていた。 
すると
「あなたはどこに住んでいるの」
「今度遊びに行っていい。」 「ダ~メ」
最後にトドメの台詞
「あなた一人住いなんでしょ。 私、体洗うの上手いから、今度一回だけあなたの体洗わせて」
おぇっ。 そのセリフを聞いていた緑の服の女性も顔が真っ赤。
大御所は冗談とも本気ともとれない笑顔を交えながら流れるように話す。
完全に彼のペース。 
その間もずっと私の腕を掴んだままで離さない。
ピ~ンチ!! 心臓は3分前の点滅するウルトラマンのカラータイマー状態だった。
ようやくショーの準備の為、彼が呼ばれた時に私は解放された。

彼のショーは...アートの世界。 いやいや冗談ではなく、本当に素晴らしかった。
しかしながらショーの間、防衛しなければという思いからか、何故か私の尻には力が入っていた。

日本では経験ないのだが、こちらのホモの人達には、そこそこ私は気に入られるのかもしれない。
ショーの時の男性モデルにウィンクされたことも数度ある。 何で女性モデルじゃないんだろうか..。
ホテルのBarカウンターで飲んでいた時。 愛想良いなと思うウェイターが、カクテルを運び離れる時に耳元で「あなた素敵」なんて熱い息を吹きかけられたこともある。 おぇ。 その時は横に女性を同伴していたのに。
 
シンガポールに駐在経験ありの、昔世話になった会社の先輩が、私のことを心配してくれたまに連絡をくれる。 ファッションショー時の経験談を話すと、会話の終わりに冗談交じりで 「貧しさ故にカラオケとかの飲み屋で働いて、好きでもないオヤジ達に触られても、酒臭い息を吹き掛けられても、じっと我慢しているアジアのおねーちゃん達の気持ちがこれでわかったろ!?」

・・・わかりました。


ノーマルな人も、そうでない人も、

 

 

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素朴な木工品
これまでにも インドネシア の家具・木製品を紹介してきたが、どちらかというと輸出品という観点で見た商品が多かったと思う。 輸出品としても十分通用するのだが、今回はちょっと趣向を変えて。

木工所1
スタッフ総勢10名位の小さな木工所。
木材が整然とならんでいる。

木工所2
木材の断裁シーン。

木工所3
色づけ作業。
イルカの絵を描いています。

木工所4
ちょっと写真で判断が難しいですが、子供用のパズルになっています。

上の写真のコアラやイルカも、幾つかの木片に別れます。
複雑なパズルではなく、どちらかというと低学年用の「絵合わせパズル」。

木工所5
パズル以外にも小さな玉を穴に落としたり、木の棒を穴に挿したりする、ちょっとした子供向けゲームの様な商品も作製しています。

2~4歳位なら学校教育前で、どこの国でも子供の学力は関係ないので、日本の子供にプレゼントした時も結構喜ばれました。
温かくてほのぼのする手書きの絵が描かれているところが、実にインドネシアらしい。
インドネシアの素朴な面が出ている素敵な商品です。


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カルフール・インドネシアの成功
カルフール Carrefourと日本人が聞けば、日本のマーケットで上手くいかず、イオンに買収されたフランスのハイパーマートなんていう印象が多い思う。

98年のジャカルタ暴動時には被害を受けたという記憶がないので、インドネシアに進出してきたのは、99年ないし2000年頃だったか...?
日本では失敗したにせよ、ところ変われば面白いもので、インドネシア ではここ近年一番成功した小売店の一つになっている。

オープン当初は、「他の店より高い値段の商品があったら申し出てくれ」だか「他店より高い値段の商品があったら返品O.K.」の様な、非常に強気な宣伝文句を背景に、庶民へ売り込みをかけた。
結果、大きな成功を収め、現在ジャカルタの要所要所に出店。 地方も同様だ。
あまりの勢いに「カルフールは以前からのある伝統的なローカル・パサール(市場)を潰す」なんて、社説も新聞に出ていた頃もあった。
この辺は、ダイエーが、もの凄い勢いで各都市を席巻し、小さな町の商店街が廃れていった日本のストーリーが、インドネシアで再現されたかのような話だ。

カルフール・インドネシアのマーケティング戦略上、何が成功要因だったかをちょっとばかり述べてみたい。

1 オープン当初は、他のスーパーマーケットと比較しても確かに商品値段が安かった。

2 インドネシア人が大好きなディスカウントセールが多い。 ★ただし定価をあげておいてのディスカウントセールもなきにしもあらず...というより結構多そうな気が(笑)。

3 大きなモールにスーパーマーケットがテナントで入っているケースは多かったが、デパートとスーパーマーケットを融合したような大きな小売店はほとんどなかった。 一箇所で一度に一括購入の便利さ。

4 惣菜、肉などを調理、切断している場所を意図的に見せる。 例えばドリアンを目の前で割り、実をプラスティックに置き、ラップするまでもお客の前で行う。 新鮮で美味そうにみせる演出の上手さ。

5 インドネシア は車社会だ。 大都市ジャカルタでも、鉄道・地下鉄網がない。

6 インドネシア は大家族制がいまだに多い。 まとめて購入する必要性。 そしてまとめて購入しても、食材が駄目になる前に消化することも可能。

7 パサールでは、新鮮な野菜、魚、トリ肉など、安く入手可能だが、購入場所が離れたり、地域が全くことなるケースも少なくない。 また本来非常に天然・自然な食材でも、地べたで販売すると清潔さにかける印象を持つ中間層も増えたのだと思う。 食材そのものの見栄えではなく、陳列された時の見栄えの良さで判断する人が増えてきている。

8 カルフールが使用しているオートウォーク<スローブ式エスカレーター>は、インドネシアでは非常に効果・効率的。 カーゴのまま駐車場に行ける。 カーゴは車の邪魔にならないところにおいておけば、高くはなったといえ、末端スタッフとして契約ないし雇用されている人が勝手に整理してくれる。

まだまだ挙げれば出てくる様な気もするが、成功した根拠は上記に挙げた要因が複合的に作用した結果だと考える。

とにかくこちらは大成功した例。
日本と環境・条件がかなり異なる。 
5,4,6,3の順で、中間層から上には非常に影響したと考える。

仮にインドネシア進出が日本よりはるかに早かった場合。
インドネシア・カルフールが成功した条件・要因を十分に考察出来ていれば、カルフール・ジャパンは無かったかもしれない...なんて思ったりもする。


アテンション!! 復唱する下記の部分。

1 オープン当初は、他のスーパーマーケットと比較しても確かに商品値段が安かった。

私の住む場所から比較的近い場所に完全ローカル経営のハイパーマートがあった。
最近、株式買収にともないカルフール看板になった。

全ての価格が10~30%値上がりした。 
(原油・ガソリン価格の高騰による物価上昇は別計算で)。

食材によっては確かに鮮度が増したものも存在するが...。
個人的には、正直なところ迷惑極まりない買収劇。
近所に住むインドネシアの友人達も、ブーブー文句を言っていますが...いかんせん一番近い場所=時間の効率性とガソリンコスト安で済む部分も考慮に入れ...やむを得なし。
はっきり言って価格は安くないし、カルフールも「インドネシアで一番安い」とは最早言いません。

果たして、インドネシアのビジョナリーカンパニーになるのかどうか、将来のあり方が興味深い会社です。 将来、某日本企業の様にならないことを祈るって、既に当ブログに名前は出ているか(笑)。


面白かった方、

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ウォーター・ヒヤシンスのバッグ
インドネシア には様々な天然素材を使用したバッグが存在するが、今回は現地で「エンチェン」と呼ばれている素材を紹介しようと思う。
インドネシア では Enceng Gondok エンチェン・ゴンドック と呼ばれているが、日本では<ウォーターヒヤシンス>と紹介されている。 水草の種でミズアオイ科。 和名ではホテイアオイ。

このナチュラル・ファイバーは想像よりも強度があるので、最近はバッグ以外に家具等でも使用されている。 バリ島のホテル等でも結構採用されていると思う。

エンチェン1
こんな感じで素材は調達されてくる。

エンチェン2
この作業工程、ちょっと失念。
確かゴワゴワしている天然素材を引き伸ばし真直ぐにする作業だったような...。

エンチェン3
木枠で作製したバッグの元となる型に折込開始。

エンチェン10
作業場では私語も少なく、皆黙々と仕事を手を進める。

エンチェン4
忍耐力を要する手作業が続きます。

エンチェン6
バッグとなる本体部分の完成。

エンチェン7
こちらではライニングの縫製作業。
この時は、インドネシア らしくということで、バティックを使用。

エンチェン8
完成したバッグ。
古いデザインなので、あまり近年の参考にはなりませんが。

エンチェン9
思いっきりインドネシアの手工芸品という趣のデザインですが、ザックリと物が入るせいか、販売当時の6年前位は良く売れました。 

最近ではこの素材を使用し、多色なカラー、非常にモダンなファッションバッグが増えています。
ご興味ある方は「 ウォーターヒヤシンス バッグ 」で検索されれば、簡単にヒットするので、様々なデザインを楽しむことが可能です。

日本は春夏物商品のバーゲンセール時期ですね。
裏では、輸入業者、販売元は、2009年の来春・夏物展開商品の検討時期となっています。


少しでもご参考になった方、

 

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インドネシア・スイーツはいかが?
タイトルの便宜上、スイーツと記載したが、男性が使用する言葉としては何故か気持ちが悪い。
よってここで訂正。 「 インドネシア のお菓子はいかが 」だ(笑)。

空気が抜けるような「ヒュ~~」なんて音が聞こえると、それはKue Putuの移動屋台だ。

Kwe1

Kue クエ  お菓子  Putu プトゥ  米の粉で作ったお菓子のこと。
<Putuだけの単語では、私の所有する辞書に記載がない。 Kue Putuで米の粉で作ったお菓子を意味すると記載されている>

Kwe2

この黄緑色っぽい粉がお米から出来ている。

Kwe3

写真左手。 茶色く見えているのが、ココナッツからとれる砂糖 グラ・メラ。

中が綺麗にくり貫いてある竹の筒に、Putu グラ・メラ Putuといった順に入れる。
要するに菓子の真ん中に甘い砂糖が入る手順。

Kwe6

ここで最初の「ヒュ~~」という音。
缶に小さな穴が空いており、そこから水蒸気が吹き上げている。
沸騰すると音がなるヤカンの変形大型版と言えば分かり易いかもしれない。

その小さな穴の上に材料を入れた筒をのせ、30秒位蒸す。
筒は2段重ねまでのせ、下のが蒸せたら、上に置いていたのを下にし、新しい筒を上におく。

Kwe7

こちらは一緒に売っている Kue Klepon クエ・クレポン。
こちらはもち米を使用。
食感はモチ。 中にグラ・メラが入っており、口に入れ一口噛むと、プチュッといった具合に溶けたグラ・メラが飛び出てきて、甘い味が広がる。

Kwe9

Kue Putuの出来上がり状態。

こちらは材料がお米なので、若干パサパサした食感。
食するとジワ~といった感じで、お口の中に甘い味が広がる。

プトゥもクレポンも甘味は溶けた砂糖 グラ・メラにも関わらず、周りを包む使用材料が若干違うだけで、口の中での甘味の広がり方が異なるのは面白いものだ。

1個 Rp.500 <約6円>。 非常にお得な値段。

私は間食が好きではないので、通常お菓子類は口にしませんが、疲れていたり、頭脳労働が多かったりした時には、堪らない美味しさです。


お菓子同様、あま~い評価で

 

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自家製サンバルの作り方
Sambal サンバル とは唐辛子を主成分とする香辛料のことだ。
インドネシア料理には必ずといって良い程ついてくるし、マレーシア料理でも使用する。

材料は各屋台、レストラン、家庭の好みにもより微妙に異なると思う。
我が家でルキ二が作る材料は下記の通り。

サンバル1

・唐辛子
・ニンニク
・バワン メラ (小粒の赤タマネギ)
・トマト
・塩
・砂糖
・テラシ (エビが原料の香辛料)

サンバル2

油で軽く炒めて、塩、砂糖、テラシを入れる。

砂糖はおそらく辛さを引き立たせるための隠し味ですな。

サンバル3

インドネシア の家庭では必需品でもある Cobek チョベック。
この石製の簡易皿のような物で磨り潰す。

サンバル4

熱が通っているので、さほど力を入れなくても、簡単に磨り潰せます。

サンバル5

出来上がり。

ピリッとした舌の感覚が何とも言えない香辛料の出来上がりです。
バワン メラとテラシは日本で入手が難しいかもしれませんが、似た味は作れそうな。

とにかく、インドネシアでは何を食べるにしてもサンバルソースは必要不可欠で、食卓の友です。


辛口の評価はせずに、

 

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メダンのお菓子
アグンが4日間のスマトラ島の出張から、みあげを携え帰ってきた。
メダン とはスマトラ島の中で一番大きな都市の名前。

インドネシア で国内出張に出た際の楽しみは、その地方、各都市・町のおみあげやお菓子、特産物がそれぞれの場所で異なる点だ。

よって今回のおみあげは「 メダンの有名なお菓子 」。

Bika 1
随分昔からあるお菓子らしい。
Bika Ambon ビカ アンボン。

Bika 2
使用されている材料は、
タピオカの粉
砂糖

椰子の実の白い部分、椰子の甘い液
オレンジの葉
タコノ木の葉。

オレンジとタコノ木の葉は「それぞれの葉っぱから少量で抽出出来るフレーバーエッセンス」のことだと思う。 以前食した時に、少し一捻りのある工夫された香りと味だなあと思っていたが、その謎は本日解けた。 箱に記載の原材料をしっかり読んだだけだけど(笑)。

Bika 3
ソフトなのだが、僅かにモサッとした乾いた食感がまた面白いお菓子。
日本ではあまり経験のない味と香りが口の中に広がるが、クセがないので食べやすい。


本日の夕食後のデザートはこれで決まり。

 

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34政党?! 09年インドネシア総選挙

2009年4月9日に インドネシア では総選挙(国会・地方代表議会)が行われる。
新党も含め34政党が選挙に向けた政党のキャンペーンをスタートさせたが、政党が多すぎると一部の見識者からは批判の声も上がっている。
「こんなに増えた各政党の政策、綱領、ビジョンを有権者達が理解出来るのか」と。

インドネシア は現在民主化の過度期。
独裁のような大きな力が良いとは思えないが、強力なリーダーシップ不在を露呈している有様だ。 政党間での競争が国民に良き政治をもたらすならば、それも良しとなるのだろうが。
年々改善・減少しているとは言え、露骨な汚職が蔓延しているインドネシアで、この政党数って...日本も同様だが、利権を利用できる政治家って儲かる商売なんだね(笑)。

2009年3月16日から4月5日は各政党の最終キャンペーン。
こちらの選挙キャンペーンは初めて見るとビックリする。
大渋滞を巻き起こす良い迷惑でもある。

政党カラーのTシャツを配ったり、キャンペーンに参加した人には「弁当・ジュース」や「タバコ」を出したり。 そしてバイクやバスを動員し、暴走族の様に道を走りまくる。
貧民層には食いっぱぐれがなく、新しいTシャツをゲットする期間なので、今日はこの政党、明日は別の政党のキャンペーンと忙しくなる人も少なくないようだ(笑)。

2009年7月には国民による大統領選も控えている。

先日行われた調査では、現職のユドノヨ大統領の支持率が大幅に低下。
破綻しかけている国営石油会社プルタミナ問題があるところに、投機による世界的な原油高。
ガソリン値上げに伴う物価の上昇。
彼はそれなりの見識とリーダーシップを持ったトップに思えるのだが、大統領になった時期が悪い。 日本でも政権奪取の時を得ながら、取りに行かない民主党。 今は時期が悪すぎて、政権奪取をしたら、返って大変な事になると考えているのだろう。
世界的な原油・物価高、悪性インフレ、汚職の蔓延で各国システムが機能しなくなっている。
統制されている日本の新聞・マスコミでは紹介されないが、アメリカのサブプライム問題は1年の時を経て、ヨーロッパに本格的に飛び火・発火。 連日大騒ぎをしているようだ。 アメリカのカルフォル二アにある銀行破綻では、ペイ・オフを発動したけど、日本の新聞に載ったのかな?
とにもかくにも現段階で国のトップになるのは、世界中どこでも辛いような。

色々記載したが、まとめると、以前よりは法規も整い、自由勝手で暴走族的な政党キャンペーンも規制がかけられるようだが、

2009年3月16日~4月5日
2009年7月 大統領選前

この期間は首都ジャカルタを中心とする大渋滞に我々外国人は注意
ということだ。


ご参考になった方、

 

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バティック技術の応用 バティック・ウッズ
「これは木材に布でも貼り付けたのですか?」なんて聞かれることが良くある雑貨、それが インドネシア のバティック・ウッズと呼ばれる手工芸品だ。

Bwood13
こんな感じの手工芸品。

この手工芸品は完全にバティックの技術、制作方法を応用したもの。
調度、私が会社を興した頃、7年前位から展示会などでお目見えするようになった。
日本、アメリカ、ヨーロッパ、南米。 世界各地に輸出された。
アジアン雑貨ブームが下火になった日本では、現在ほとんど販売されていないと思う。
過去には私も日本で実験的に卸しもしており、そこそこ売れていた。
特に「和雑貨を扱うお店」や「民芸品を販売するおみあげ屋」等では、好評だったと記憶している。

思い出のある懐かしい商品で、私自身で撮影したデータ写真があるので、ここで製作工程を紹介したい。 もちろんメーカーは存在しているし、インドネシアのみあげ屋さんでも、いまだに活躍しています。

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最初は木材を切る作業。

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お皿などのくり貫き作業も感心する程、器用にこなします。
これだけの手先の器用さを持ちながら、量産させると不良品が実に多い(泣)。

ヨーロッパ、アメリカのバイヤーは不良率を計算し、仕入れ、販売するケースも多いので、あまりクレームもないらしい。 私がメーカーと付き合っていた頃は、品質の厳しさについてこれず、メーカーが途中で生産を投げてしまうのを恐れ、微妙な商品は全てではないが、引き取ってあげていた。 そして、日本向けには厳しいけど、不良ではない商品を、ヨーロッパに輸出・販売していた。

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モティーフを木材に鉛筆で書き込む。
モティーフは微妙にサイズが異なるが、手書きなので致し方ない。

ただし、時に、描く人の気分で、モティーフが大幅に異なるケースもある(笑)。

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バティック製作時と同じ要領で、ロウでふさぐ作業。

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この作業は繊細さと忍耐力が求められるので、女性のスタッフがほとんど。

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写真では分かり難いが、非常に細かな線をロウでふさぐ作業。

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染色作業。

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染色剤に付けると、面白い位の速さで色が染まり、染まったカラーが浮き出た感じになる。

Bwood10
この前に乾燥作業。
完全に乾いたところで、ロウを落とす作業。

まるで天ぷらを揚げているような作業写真。

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乾燥工程...といってもバティック同様、天日乾し。

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メーカー社長が「オーブン、オーブン」なんて言っていたので、見せてもらうと、大きな電球を照らし、蓋を閉め、温まった空気で乾燥させているものだった(笑)。

この商品は大きな弱点がある。
木材は水に弱い。 にも拘らず、商品の性質、製作工程上、使用木材が水分を思いっきり吸ってしまう作業だらけ。 天日乾しをしっかり行っても、湿気の多い場所だと、あっという間にカビが出る。
全ての作業を終了し、天日乾しに時間をかけても、若干のカビ発生リスクは払拭出来ない。
そこで私が考えた案。 「ニスを塗ってしまう」というアイディア。
ただしニス具合では、風合いがどうしても薄れてしまう弱点が発生する。

そんな訳で商品デザインの中でも、お椀や皿の様な形をしたもの=ユーザーが誤って水洗いする可能性のある商品にだけ、光沢の出ないニスを使用した。
当時、ニスを使用しているメーカーは皆無。
そして私がアイディアを出し、実行した3、4ヶ月後より、あちこちのメーカーが同じ仕上げを行い始めた。 請求もしていないが、アイディア使用料を払うと言ってくれたメーカーは皆無だった(笑)。

Bwood14


Bwood15
この商品はスペインで広告が出て、芸術品の様に販売された。
写真では分からないが、カラーを豊富に使用し、非常に細かいモティーフと点と線。

デザイナーは芸術家と呼ぶに相応しい中々の怠慢&クレージーぶりだった。
アルコール大好き、ジョン・コルトレーンをこよなく愛するインドネシア人。
5年位前に車の事故で、才能とともにこの世から消えた。
この細かな技術だけは残ったようで、類似作品は今でも購入可能。
ただしここまで細かで繊細な新たなデザインは彼の亡き後、見たことがない。

Bwood16

バティック・ウッズはモティーフあるいはカラーのせいか、何故か温かみを感じる。
今でもそうだが商売を始めたばかりの青二才だったころを思い出す時は、いつでも一緒に思い出してしまう インドネシア の手工芸品の一つです。



製作工程などを楽しんでいただけた方、

 

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停電は起こらず
以前の日記で、国営電力会社PLNが、この7月に、ジャカルタ特別州とバンテン州タンゲランにて計画停電をスタートすると発表があったことを記載した。

PLNのWeb上にて、スケジュールが掴めるとの話だったので、アクセスを試みること数回。
ビジネス上、悪影響を受ける可能性のある会社や人々が皆アクセスしていたせいか、ウェッブは開かない状態が続き、私自身も調査を諦めてしまったいた。
いつ発生するのかと思いきや、私のエリア タンゲラン は今のところ停電の発生なし。
ジャカルタ や工業団地に会社を構える数人の友人に尋ねても、今のところは発生していないようだ。

別途、電力安定の為、工場に対する新たな法案も決まっているようだが、今のところジャカルタ・ジャパンクラブや日本大使館からの国営電力会社PLNとインドネシア鉱業エネルギー相への改善申し入れが功を奏しているのかもしれない。
また世論やマスコミも「産業界に大打撃」「外資が撤退検討」等、こぞって取り上げたのも影響しているのかもしれない。

とにかく停電が起きず、ほっとしているが、「主張すべき事はきっちりと主張する」ということを再認識した出来事である。


ご参考になった方、

 

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焼酎で乾杯? インドネシアの結婚式
昨晩は当社が使用している乙仲さんの担当者デシィの結婚式。 日本人である支店長さんと彼のインドネシアの奥さんと参加。 イスラム教の結婚式なので、基本的に酒はなく、食事も立食形式。 「帰る途中、どこで一杯飲むか?」などと検討しながらの参加だった(笑)。

記帳し、箱の中にご祝儀を入れる。
その後、舞台上にいるご両親とカップルに挨拶。
そして立食。 挨拶の列が長蛇になっていなかったり、写真撮影の邪魔にならないようなら、もう一度挨拶をし終了。 インドネシア の結婚式は、大体こんな手順で進行する。

Desy1

挨拶が始まる時、友人である支店長の名前が呼ばれ、一番最初に我々は壇上へ。
私はその会社の人ではないのだが、彼の奥さんに引っ張られ、一緒に壇上へ。
挨拶終了後、記念撮影を済ませ、ようやく一般の招待客の挨拶が始まった。
他の招待客を差し置いて、特に私は彼女の上司でもないので、ちょっと申し訳ない気持ちもあったが、どうもデシィとご両親が相当気を遣ってくれたらしい。

ウィッシャーから耳にしたことがあるのだが、ローカルの結婚式に外国人が出席してくれると、やはり単純に家族は嬉しいし、外面向けにも「新郎ないし新婦は、立派なところに勤めているだなあ」とか「しっかりしているファミリーだ」なんて思われるらしく、彼ら家族の鼻も高いらしい。 ちょっと見栄っ張りな話だが、何故か分かるような気もする。

挨拶、写真撮影が終わると立食なのだが、我々はそのまま席のあるVIP待遇の場所へ。
おい、おい、随分気を遣ってくれてるね~、とまたまた申し訳なく思ったが、手の付いていない料理を目にし、おおっ、チャンスと写真撮影。

Desy2
このブログでお馴染みのバクソ。

Desy3
インドネシア風焼き鳥 サテ とソト・アヤム。

Desy4
シューマイとカンビン(ヤギ)。

Desy5
エビのから揚げと野菜炒め。

Desy6
牛肉やトリを材料にしたもの。

Desy7
そして、インドネシアの食卓に欠かせない「ご飯・ナシ」。

ジャワの文化だと「手を付けないと失礼」になるので、VIP待遇を申し訳なく思いながらも、食事をスタートすると...運ばれてきたのは麦焼酎のボトルと氷で友人とともにビックリ。
彼の結婚式の時もそうだが、通常新郎が日本人や外国人の場合、特別なコーナーを設けアルコール類を振舞ったりするのだが、ローカルのイスラム教の結婚式では通常ありえない。
おそらくアルコール類を振舞うこと自体が戒律違反。
デシィのお父さんは政府高官らしいので、国際感覚をしっかり身に付けているようだが、本当に気を遣ってくれたことが伝わり、日本人の我々はいたく感動した。
麦焼酎にもいたく感動した。
私は思った...やはり神は存在する(笑)。

ジャワの文化だと「手を付けないと失礼」になるので、しっかりと麦焼酎のボトルは空にした(笑)。

その後勢いが止まらなくなった私は、誘われるまま友人宅へ。
彼も酒が好きだ。
友人宅で芋焼酎のトリプルを8杯位頂き、帰路に着いた。

最近「断酒日」を設けているが、休ませた肝臓の機能がアップするのか、体の調子の良い時はついつい飲み過ぎてしまう。
これでは断酒日の意味がないような...(笑)。


 

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インドネシアのバティック工房
インドネシア でテキスタイルと言えば、世界的に有名な Batik・バティック<ロウケツ染め>だ。
バティック、ロウケツ染めの布、インドネシアのテキスタイル、インドネシアを代表する手工芸品、インドネシアのおみあげと、呼び名は人それぞれだと思うが、私は個人的にバティックを「 アート=インドネシアが世界に誇るべき芸術品 」と思っている。

最初の頃は、日本からの出張でくる度、おみあげとして購入していた。
そのうち高価な手書きのバティックを見るたび、非常に惹かれるようになった。
バティック工房を見学する機会を得、その製作過程を知り、益々惚れてしまった。

日照時間・時期の影響でカラーの100%統一が難しい、モティーフやその位置も、手書きなら尚更、完全に同一には出来ない。 染物文化を持っている日本人なら、そんなことは容易に理解出来ると思うのだが、現実そうではない。 まあ私が商品を売買する世界に生きているので、そういった方達との出会いが増えてしまうのだろうが...。 よって先方に余程の理解がなければ、日本向けには輸出していない。

とにかく安価なバティックでも、非常に手間暇が掛かっている。
インドネシア・バティック・デザイナーの中にも、日本で言うところの「人間国宝」と呼べる人も多く、またバティック工房で下働きしている人にも「匠の技」を持っている人も多い。 いや、手先が器用な人が多いせいか、私からすると「匠」と呼べる技術があまりにも普通の人に存在し過ぎている。

Batik1
これがチャップ。 
使用するモティーフが決まっていて、ある程度量産する場合に使用される。
時間の短縮になる分、商品としての価値は下がるが。

Batik2
黙々と仕事を続ける男性。
う~ん、日本で言うところの「昔気質の職人」

Batik3
一定の幅でモティーフが必要な場合は、型紙あるいは新聞紙で調整。

Batik4
皆が溶けた蝋を取りやすいように、蝋の周りに人が円状態で作業。

Batik5
私が大好きな写真。 手書きの作業。
この細かい作業が、素晴らしい芸術品を生み出します。

Batik6
この写真も然り。
過大評価を得る為に「匠」という言葉を使用した訳ではない、私の気持ちが分かる人には理解していただけると思うのですが。

Batik7
染色しない部分をロウでふさいだ状態。

Batik8
現在までに数箇所の工房を見学させていただいたが、チャップ作業には男性が多く、手でロウケツ作業をするスタッフは女性がほとんどであった。

Batik9
チャップ=量産=繰り返す作業 反面  力の継続の強さ = 男性
手書き=少量・限定=細かな作業 反面 繊細さの持続力の才能 = 女性
なのだろうか?

Batik10
染色から布を引き上げた瞬間。

Batik11
乾かす作業。 乾季と雨季では要する日数も異なる。
太陽が出ているかいないかで、この工程に要する日数も変わってくる。
雨季の時期はもちろん時間がかかる。

Batik12
乾燥工程が終了し、ロウを落としている作業。
写真上、黒く汚く見えるが、染まった場所には影響はほとんどない。

Batik13
これはチャップの完成品。

手書きのバティックも、写真で紹介した工程。
手書きは厳密に言うと1枚ものなので、ロウケツ作業に時間が掛かる。
また使用するカラーが豊富になればなるほど、製作日数が必要となる。

手書きの商品だと、モティーフと使用するカラーにもよるが、3~6ヶ月位の時間を要する。

Batik14
チャップの様々なモティーフ。
どこかが欠けていたりすると、もちろん悪影響が出るのだが...相当使用されている?

Batik15
これも私が大好きな写真。

「手書きで良い物・高価なバティックを作製するなら、道具も綺麗な良い物を使用しろよ」なんて言いそうにもなるのですが...。
物を大事に使用するのも良い心がけと思うのですが...。

<芸術品を作るのは、人間の創造性と心、そしてその意志で動かす体や手だろ>と、この写真を見るたび思ってしまうのです。


 

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「バティックって何?」と思われた方用に、私なりにまとめたものを下記に記載しましたので、引き続きお楽しみ下さい。


歴史

インドが発祥の地と言われ、その後各地に広がったとされる。
インドネシアのジャワ島では19世紀初頭から当時栄えていた王族を中心に手書きのものが作られ、王族のみにしか着用を許されない柄もあった。
インドネシアでは作製段階で使用されるロウを浸す為の器具が開発され、かつ生来の手先の器用さが活かされ、非常に細かな表現ができる様になった。 この為、芸術性が非常に高まった。
その後、型押しする器具も開発され、大量生産が可能となり大衆化されていった。
現在でも結婚式の際のバティック着用は正装と見なされ、様々な色と柄を楽しむことが出来る。
日本では年々リゾート地としてバリ島が脚光を浴びるようになって、みあげ品として有名になったが、いろいろな種類があり、熟練した人の作品になると日本円に換算して100万円位の物もある。 価格は製法、技術、色や構図によってピンからキリまでだが、ジャワ島のものが特に高品質と言われている。 手書きで色が多彩なものが、一番手間がかかるので高級品になる。


製法および作業

溶かしたロウを下絵を描いた布の一定の部分に染み込ませて定着させた後、染料で布をつける。その後、ロウを定着させている部分を除いて染色される。 お湯で布を洗うとロウが落ちて模様の入った布が出来あがる。 この作業を繰り返して複雑な模様を仕上げる。
ロウを浸す位置、色の加減、線の強弱のつけ方等、緻密で神経を使う作業になる。
大きな作品には時間がかかり、作成までに半年を要することもある。


種類

バティックと一言で言っても、種類は様々で、製法により値段が異なる。

①手描き
一番価値があるとされ、同じデザインでも全く同一といったものは存在しない。

②型押しバティック
模様パターンが一定し、手間がかからない分、値段は安い。

③コンビネーション
手描きと型押しの交じり合ったバティック。 価格は手書きと型押しの中間ないし型押しより。

④プリント
大量生産されている工業製品。 バティック風のデザインが用いられているのみで、バティックとしての価値かない。 本来はバティックと呼べない商品。

通販やカタログ販売用には便利。 商品の拡販上、いたしかたないにしても、「バティック柄」で売るならまだしも「バティック」と販売している会社もありそうな。 というよりも、メーカーから話を聞いて、やっていた日本の会社を知っている(笑)。 何か産地偽装問題と同じ匂いが漂ってきそうな。

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大きくなった里子のグッピー
4月上旬に友人一人が日本へ本帰国となった。 インドネシア には2年限定で駐在。
動物や虫が大好きで、単身赴任だった為、「癒し」の為にグッピーを飼っていた。

虫や魚は私も大好き。
子供の頃は東京のど真ん中にもまだまだ空き地が多く、夏はバッタ類、チョウ、セミ、カナブン、玉川上水に入り込み魚、ヤゴなどの水生昆虫の捕獲を楽しんだ。
当然生命を粗末に扱うこともあり、毛虫を火あぶりにしたり、年長の人がセミに爆竹を巻きつけ飛ばし、空中分解なんて残酷な光景も楽しんでいた。

様々な生き物を飼い、いつしか「生命の死」というものを認識し始め、今はその死と対面するのが嫌なので、動物、昆虫類は飼わないようにしている。

それでグッピー。
大人のグッピーはルキニの子供が欲しいというので頂いたのだが、他に引き取り手が無かったらしく、生まれたばかりのグッピーを引き取る羽目に。
里子に出された子供のグッピーが来た時は、それこそ3~5ミリの大きさだったと思う。
餌も細かく砕いてやらないと食べられないくらいの小さな生命。

引き取って4ヶ月が経とうとしている。
里子のグッピー達は40匹近くいたが、ほとんど死なせることもなく、でかくなった。
大きくなったばかりでなく、メスの腹を見ていると、どうにも妊娠しているようだ。
今にも子供達が生まれてきそう...まずい...どんどん増えそうだ。

グッピー1
動き回るし、ガラスが反射するしで、上手くは撮影出来ないが...。

ファッシャ1
調度、ウィッシャーの長女ラファシャが遊びに来て写真撮影に挑戦。

ファッシャ2
カメラの扱いに苦戦し、口元も歪んでます(笑)。

グッピー2
数ミリだったグッピーが大人になった感じはつかめるでしょうか?

インドネシア には冬がないので、日本で言うところの熱帯魚を飼っても、サーモスタットは必要ない。 水が腐らないように巡回させ、酸素を供給してやれば良い。

ウィッシャーはニタニタしながら、「このまま増殖していけば、輸出出来ますね?」なんて冗談を咬ましているが...。
次回子供が誕生し成長したら、今のアクアリウムでは手狭だ。
どうも次は私が里親を探すことになりそうな...(笑)。


里親ご希望の方は、挙手の代わりに

 

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ジャカルタ近郊のリゾート
ジャカルタ から西へ向かうとAnyer(アニェール)という観光地となっている海岸がある。
そこを通り過ぎ、さらに道を数十キロ進むと、Tanjung Lesung タンジュン レスン という西ジャワのリゾート地に到着する。 ジャカルタ から車で約2時間半から3時間位。

ホテルは各部屋がコテージ式の完全なリゾートスタイルで、周りには何にもない。
レストランとオープンバア、スパとスイミングプール。
広大な敷地と海岸沿いはレンタル自転車で走りまわることが出来る。
海は珊瑚が多いので素足では危険だが、シュノーケリングと釣りを楽しむことが可能。
週末は海から取れたばかりの魚を調理してくれ、前日に注文しておけばロブスターも手に入る。 
食後のオープン・バアでの一杯がまた心地よく、海風を楽しみながら、杯を重ねることも可能(涎)。

タンジュンレスン


http://www.tanjunglesung.com/
ご興味のある方は、上記のWebからご確認下さい。

私がこの地を訪れたのは、もう9年以上前のこと。
友人達と海で休日をゆっくりしようと計画し、Tanjung Lesung Resortを見つけ出し、仲間数名で訪れた。

せっかくのゆったりとしたリゾート地にも関わらず、昼間はシュノーケリング、釣り、夕刻にはサイクリングと、何が海でゆくっりだよ!!と突っ込まれそうな活動。
しかしその分、皆で大いに食べたシーフードは美味かった。 バアでの酒も最高だった。

悲劇が起きたのはその晩だ。
皆で個々の部屋に引き上げ、さてシャワーを浴びて寝るかと思い、バスルームに入ると、もう一つ外へとつながっているドアがある。 はてと思い扉を開けると、石で出来たインドネシア風のレリーフ。 口から水が出て、しゃがみ込むと水がちょうど肩にあたり、水圧マッサージを楽しめる。 演出が細かいねーと独り言をいいながら、まずはシャワーで体を温め、その部屋に入った。

ドアを閉めた。
いやな音がした。 バタンと…。 
恐る恐るドアを開こうとすると、予感どおり開かない。 
暗くて良く見えないのだが、頑丈そうな錠がドアと仕切りに食い込み、完全にロックされている。
そんな馬鹿なと様々な方法で試すのだが、ドアは沈黙を保ったまま。 
取り敢えず数回ドアに蹴り、板の弱そうな部分にも渾身の蹴り。
頑丈なドアは私の体に痛みを返してくるだけでビクともしない。

私は選択に迫られた。
このまま全裸で、この小部屋で朝を待つか、壁を乗り越え、助けを求めるか。 時間は0時30分頃。 
幸いこの小部屋には洒落た演出のおかげで、屋根がない。 
ジャンプ。
手が届き、腕の力で上半身を押し上げ、首を出して外の様子を窺う。 
他の友人達の部屋は、小道を隔てたり、私と同じ並びの奥にあるため、その方角からはコテージも見えない。 それでも幸運なことに、ウィッシャーの部屋だけが見て取れた。
彼女の部屋まで約10メートル強。
幸いこちらから見える窓から明かりが漏れている。

私は選択に迫られた。
このまま自力で壁を乗り越え、葉っぱか何かで一物を隠し、男性の友人に助けを求めるか?
それとも、まず大声を上げて助けを求めてみるか?
最初の案はリスクが高すぎる...誰かに見られただけで、変態と間違われかねない。

もはや恥じも何もない。大声で叫んだ。 一番近くに見えているのはウィッシャーの部屋だったが、私の反対側に位置する友人の誰かが気づく可能性もある筈。
「もう寝てしまったか? お~い!! 助けてくれ~」
何度か咆哮しているとウィッシャーが気付いた。 
寝る直前だったのか、あわてて身を整えながら外へ飛び出てきた。 

とにかく腕の力で体を支え、壁にぶら下がっているので、かなり辛い状況だった。
壁の塗装が平らでない為、突起している部分が腕に食い込み、足には擦れて、相当痛い。

「緊急事態だ。早くホテルのスタッフを呼んで部屋に入ってきてくれ」
彼女は私の苦しそうな顔と腕で支え上半身を出している異常な姿を見て、走り出した。

フロントまでも結構距離がある。 待っている時間は長く感じられた。
数分後、部屋に人が入ってくる足音。
鍵の開く音。 ホッとした。

「とにかくバスタオルを先にくれ」
「何が起きたんですか? 怪我でもしたのですか?」と彼女。 
「お前はこなくていい」
ホテルスタッフが事情を察した。 男性で良かった。
「助けろと言っておいて、今度は近寄るなですか?」 
「俺は今フルチン全裸なんだ!!」 
格好がつかず、ホテルマンにクレームを言い放ったが、真夜中の笑い声に私の苦情は掻き消された。
翌朝、朝食時にはその話題でもちきり。 友人全員大笑い。 涙を流して笑っている奴までいた。
 
かくして日系男性ストリッパーは、インドネシアのリゾート地で、すんでのところでデビューを飾らずに済んだのであった。

う~ん、楽しかった、今となっては良き思い出。


 

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日本人を震撼させた霊現象
私が ジャカルタ の中心地のアパートにいた頃の話なので、5、6年以上前の話になると思う。

アパートからは広大なイスラム教徒の墓地、裏もキリスト教徒の墓地が見える場所に住んでいた。 何故そんな場所にあるアパートに住んでいたかというと、ジャカルタ内や郊外にある工業団地へのアクセス、高速道路が遠くなく、アパート内のメンテナンスとマネージメントも良かったからだ。 更に97、98年頃の暴動を経験しており、前後が墓場になる近辺で、暴動を起こす輩はいないだろうと考えていたから。

実際、4連のアパート、5つ星のホテル、少し離れて2連のアパートと続いているのだが、その昔その一帯は全て墓地だったそうだ。 引越しの際も、あそこは「幽霊が出る」らしいなどと噂を聞いたが、私は暴徒と化した人間の方が恐ろしいと思っていたので気にもならなかった。 4年間程住んでいたが、怖い体験はほぼ皆無。 一度あったと認識しているのは、寝ぼけていたのだと思っている。

前振りが長くなった。

噂が立ったのは、私の住む場所ではなく、2連の塔が建っているアパート。
日本人も結構住んでいる。
どうもラップ現象に悩まされたり、不明な影を見た家庭が日増しに増えたようだ。
駐在員の奥さん達で、霊媒師を呼び見てもらうというところまで話を聞いたのだが、結果がどうなったのか、私には分からない...が、後から日本人の友人に聞いた話では、彼の友人がくだんのアパートに住んでおり、調度時期を同じくして同じ目にあっていたらしい。

彼は単身赴任者だった。
私の友人と比較的懇意にしていたが、非常にさっぱりとした男っぷりの良い人だったらしい。

その方の恐怖体験はこんな感じだ。

ある日の夜中から、天井裏から変な音がし始めた。
ゴトゴトという感じの時もあったらしいが、明らかに人が歩く音を頻繁に聞いた。
上の階の人、こんな夜中に運動でもしているのだろうか...? 随分下の階に響き、いい迷惑になっているのに気づいてないらしい。
最初はこんな現象だった。

毎日ではないが、そんな状況が続く。

そしてある日、戸をノックする音があった。
すぐにドアを開けても人はいない。 悪戯にしても、廊下が長いので、走って逃げたら気配や音がある筈なのに、誰もいない。

ある時、完全に廊下に出て確認すると、ドアが勝手にバタンと閉まったらしい。
室内は冷房を入れているので、窓は開けていない。 よって、風で勝手に閉まる可能性もほぼ皆無。
インドネシアのドアは重く、頑丈なものが多いので、突風でも吹かなければ勝手には閉まらない。
気持ちが悪いなあと思いながらも、しばらくは我慢してそこに住んでいたらしい。

夜中の天井裏の足音も、ドアのノックも増えてきた。
ノック後、急いでドアを開けた時、やや遠めに消える影もみたという。
ある日、天井裏、上階の足音だけでも何とかしようと思い立ち、アパートのマネージメントにそのことを告げた。 彼の上の階は長いこと人が住んでいない空室であることが判明した。

普段非常に男らしい彼でも、だんだん恐ろしくなってきて、アパートに戻るのが嫌になったそうだ。
ラップ現象も続く。
そしてある日、朝起きると顔の目の上が腫れ、人目では本人と分からない形相となったらしい。
病院に行ったが、原因は不明。
これで早急に引越す決意をしたらしい。
その後、彼には何も起きなかったが...、時を同じくしてそのアパートに住む、他の日本人も似たような現象にあっていたのだ。

またその近くのホテル。
懇意にしていた社長さんが、「次回からは以前使用していたホテルに再び変更する」とある時言い出した。 信じてもらえないし、夢の可能性もあるので、私にも黙っていたらしいのだが、ある晩、夜が明けるかなり前、3時か4時頃に目が覚めた。 ふと窓を見ると女性が歩いていたらしい。 その時は「ああ、人が歩いている」という認識しかなかったらしいが...朝起きて、窓を見て、自分が7階にいたのに気が付いた。 窓の下には人が歩けるようなせり出しもない。

私はその近辺に住んでおり、そのホテルにも泊まったことがあるが、何も見たことがない。
もちろん見えない方がいいけど...。

人から聞いた話だが、インドネシア で本当にあった実話。      <了>


5本立てでお贈りした怖い話は本日終了でも、ブログは続くので(笑)、

 

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インドネシア人から聞いた不思議な話
本日のお昼の時間は「不思議な話・幽霊話」で、ルキ二とデデで盛り上がった。
これない筈だったデデも、14時位から出かけることになり、出社し、自身の仕事を終了させた。

デデは本日ブラック・マジックに掛けられたという人を、車で呪術師のところまで運ぶのがミッションだ。

「これまでも耳にしているが、本当にお化けだの、マジックだのってあるのかい?」
話はそこから始まった。


「以前殺害された若い女性、遠い親戚の話をします」とデデ。

犯人の予想も立たず、見つからずで、困った警察。
おそらく田舎で発生したレイプ殺人だったと思われる。
そんな警察立会いの元で、親御さん、デデ達も立会い、呪術師を呼び、日本でいうところの降霊を行ったらしい。
こちらは土葬だ。
日中暑いので、ご遺体が痛まない様に、その日の内に埋めてしまうケースがほとんど。
呪術師が祈祷のようなことをした直後、土の中から亡くなった彼女の声が聞こえていたという。
最初は喘ぐような小さな声だったが、だんだんとハッキリしてきたらしい。
「苦しい、怖い、痛い」なんて声が聞こえてきたらしい。
警察が何度か「あなたは、誰に殺害されたのか?」と質問すると
「怖い...怖くて名前を話したくない」と、死してなお殺害される記憶と恐怖が残っているかのような声を全員で聞いたという。
結局、事件は糸口を掴めず、お蔵入りになってしまった。

こちらでは事件捜査に、有名なキアイや呪術師を使うケースもある。
新聞でたまに取り上げている時もある。


「釘を使用する手術の話」とエンジンのかかったデデ。
彼の腕は非常に良いので心配はしていないが、運ちゃんとしてはかなりスピードを出すほうだ(笑)。

知り合いの腕が腫れてきて、酷い痛みが襲った。
バイ菌が入るような外傷は全く無く、触れると中に硬い物が入っているような感触。
これはマジックに掛けられたと、やはりキアイだが呪術師のところへ連れて行ったらしい。
話を聞いた後、その呪術師が突然釘を取り出し、腫れている場所に刺し、肌を数センチそのまま切り裂いたらしい。 切れらた方は、まるで痛みを感じていない様子だったいう。
そして皮膚の中からは、折れ曲がった釘や鉄の破片が数個出てきたという。
大出血ではないが、流血も伴った。
傷は残ったらしいが、縫いもせず、数日で簡単にふさがり、腫れも引いたという。

まるで、フィリピンの心霊手術だ。
呪いを掛けられて、体に痛みが出たり、針(釘)が体の中に見つかるなんていうのは、日本の丑の刻参りや呪術話に似ていなくもない。

お礼に「日本人から聞いた インドネシア での不思議な話」をしてあげると、首筋、背中に鳥肌がたったようで、この反応は世界共通なんだなあ、なんて認識することが出来た(笑)。


「遺言のラジオ」の話をします、とルキニ。

音楽が大好きだった親戚が亡くなった。
亡くなる前に「私が死んだら、ラジオを一緒に埋めてね」なんて遺言を残したらしい。
個人の意思に沿って、土葬の際はラジオを一緒に埋めたらしい。
と、直後、埋め終わった土中から、音楽がなり始めた...土葬直後、亡くなった人が生前愛していた音楽を聴き始めたという不思議な話。

でも..その話...、土の重さや石に掛かった圧力か何かが原因で、ラジオにスイッチが入ってしまったんじゃないの?
「うん...それも考えられますね!?」と、最後は3人で爆笑した昼下がりであった。


まだまだこの手の話を聞きたい方、

 

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日本人から聞いた不思議な話
今でこそ ジャカルタ には高級・高層アパートが立ち並び、会社から支給される手当てで、駐在員は環境の良い住居を容易に手に入れることが可能となったが、15年位前までは会社でメス(会社の寮)を作ったり、安全な場所に一軒屋を借りたりと、物件探しには苦労が多かったそうだ。

そんな日本の友人から聞いた不思議な話。
私も随分とお世話になった方だが、社会的ポジション上、嘘をつく様な人ではない。


彼が初めて インドネシア に駐在した時、他の駐在員同様、一軒屋を借りた。
単身赴任ではなかったので、庭がありそこそこの広さの家。
赴任してしばらくすると奥さんが妊娠、そして無事出産となった。

今でも続いている インドネシアの風習 に「出産後のへその緒<Ari-ari>を土中に生め、夜の間も明りを絶やさない」というものがある。 こちらは今も続いており、夜間は小さな燈篭のようなもので灯りを絶やさないようにしている。。
近代化が進む近年ではあまり見なくなったが、昔は人が夜を徹して守をしていたらしい。

彼の時はお手伝いさんの親戚にあたる男の子が、その役を買って出てくれ、3日間徹夜で守を続けたらしい。 その後、彼は一度帰国する。 そして数年後、インドネシアに再駐在。
彼がインドネシア滞在中に授かった男の子もスクスクと健康に育ち、私が会った時は元気な7歳。

ここまでは全く不思議な話ではない。

彼が再駐在した時はアパートに入居した。
彼が以前住んでいた一軒屋は、場所・ファシリティーが悪くなかったので、単身赴任で私と同じ年齢の男性がそのまま使用していたらしい。
その男性とも友人の紹介で、飲んだことがあるのだが、非常に論理的、合理的な物の見方、考え方をする人で、不思議な話などは縁がない、信じない、他に科学的原因があり、世の中では不思議と捉えられる事象が起きるのだ...といった感じの人だった。

その彼がある時から元気がない。
そしてしばらくして会社に引越しを申し出てきた。
上司にあたり、以前その場所に住んでいた私の友人も気になったので、彼に理由を聞いたらしい。

彼も回答するか若干躊躇していたようなのだが、引越しは絶対会社に了承させなければと、強く思っていたようだ。

開口一番 「出るんですよ」

「出るって何が...?」

「夜中になると小さな男の子らしき影が遊んでいるんです」

「どこで」

「庭があったの覚えていますか...?」

「ああ、もちろん覚えているよ」

「子供なんて寝ている筈の夜中、2時頃に庭で小さな男の子らしき影が遊んでいるんです...。 窓から見えて...良く見ようとすると消えるんですが...」

「そんな時間にこちらの子供が人の庭で遊んでいるのはありえない!! 一体庭のどの辺で?」

その男性が説明した場所は、彼が以前、インドネシアの風習に従い「へその緒」を埋めた場所だった。
「君にも引き合わせたが、アイツそんなこと信じたり、言ったりする性格じゃないこと認識出来たよね?」なんて言いながら、思い当たる節のない彼が怪訝そうに話してくれた実話。
その時生まれた彼の子供、男の子は大病もなく、とっても元気に育っている。

それでは、一体その影はなんだったのだろうか...?
へその緒に霊が宿るなんてことがあるのだろうか...?

夏らしい話で良いね~と思ってくれた方、

 

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不思議な話の多いインドネシア
日本に居ても、インドネシアに居ても、私はTVをほとんど見ないので、昨晩は見逃してしまったが、ニュースで「17年間、体から鉄らしき物質が出てくる女性」なんていう特集をやっていたそうだ。

また本日ちょっとした仕事が出来たので、パートとして手伝ってもらっている運転手のデデに電話すると「ブラック・マジックを掛けられ、調子のおかしい人をチレボン(ジャカルタから車で4時間。 昔からブラック・マジック、ホワイト・マジックで有名な場所)に治療に連れていくので、本日は入れません」なんて、お詫びの返答。 何でも、病院で精密な検査をしても健康体。 にも拘らず、顔が腫れた後、穴が空き、流血が止まらなくなった。 しばらくすると自然治癒したが、今度は奥さんのお腹に同じ腫れが出て、様子を見ていると、何か虫のようなものが体中這いずり回っているのが見て取れるらしい。 何度検査しても異常はなく、ドクターもとうとうサジを投げたので、キアイ(辞書では、回教の長老の尊称)に悪霊を払わせるらしい。

新聞にも、学校の生徒達に次々と憑依現象とか、伝説のお化けが出た、なんていう記事も良く目にする。 こんな調子で、 インドネシア には不思議な話がそこらじゅうに転がっている。


ジャワ島はほとんどがイスラム教徒。 華僑の人が、カソリック、プロテスタント、仏教を信仰しているのだが、その数10%に至っているかどうか? ジャワの東の一部とバリ島だけは、ヒンドゥー教徒が多い。

バリ島へ行くと、そのヒンドゥー教のあり方は、アニミズム信仰が強く、日本の古代神道や精霊信仰にも似ており、だから日本人は「バリの雰囲気」が自然に心地よく、癒しを感じ、欧米人には「神秘的」に映るのだろう...なんて勝手に考えたりするのだが。

ジャワ島の人々も、イスラム教に完全に固執しているとは考え難い。 中東のイスラム教徒のように、コーランだけが絶対的な存在ではない。 だからこそ「緩慢、怠慢、たかり、汚職」なんて部分が許せず、インドネシアが大嫌いになる日本人がいる反面、寛容さや素朴な精神性の部分を親しみ、インドネシア を大好きになる日本人も多いのだと考える。

ブラック・マジックやホワイト・マジックはかなり昔から存在しており、私自身はインドネシアでの起源を良くわかっていない。 現地の友人達に聞いても「昔からあった」なんて言う回答しか返ってこない。
霊媒師・霊能者もしかりだ。 この辺は余裕が出来たら、私自身も興味があるので調べてみたい。
インドネシアの霊的な話、特にブラック・マジックは、私個人として考えるとき「日本の平安時代の悪霊の話や陰陽道」にも共通点が大いにあるような気がしている。

こちらに住む日本人にもあまり知られていないインドネシアの言葉がある。
「クバティナン」
単純な意味では「人の心が読める力を持った人」なんていう語彙らしい。
大義では「元々土着していた精霊信仰やヒンドゥー教と混じり合ったイスラム教徒の宗教感」の意。
アッラーの教えを信仰しながら、現世での問題解決を呪術師やキアイにも求める。

私も訪れたことがある中部ジャワにあるディエン高原。
ディエンとはサンスクリット語で「神々の座」という意味らしい。
周りを山に囲まれ、その中央部分が平らな高原となっており、高原真ん中に8世紀頃のヒンドゥー遺跡である5つのチャンディ(お寺)が立ってる。 ジャワ島古来からの土着的な山岳信仰の聖地でもあり、非常に神秘的な場所。
ここに昔から住む女性達は「初潮を迎えるまで、髪を切らない、洗わない」 何でもカルマを落とすという事に関連しているらしい。

遺跡近くには、シキダン地熱地帯があり、泥湯・温泉が噴出し、硫黄の匂いが充満している場所で、さながら日本の霊場(恐山は訪問していないので類似しているか分からないが、そんな雰囲気の場所)にそっくり。

さらにその先には青くて美しいワルナ湖。 その隣にプキロン湖。
調度2つの湖を挟み、小道がある。
その先には、その昔ヒンドゥー教の僧達が修行をしたと言われる聖なる洞窟が3つある。
30年以上の独裁政権を続けた故スハルト大統領は2度程この地を訪れ、瞑想している。
何でも精霊達との対話によって、政治的な重要決定を行ったと言われている。
彼が亡くなる前、我々日本人からすると高度な医療で生命維持をしていたという風にしか取れないのだが、現地の人達の中には「使用した精霊や悪霊たちがとりついて離れないので、楽に死ぬことが出来ないのだ」なんて真剣に話す人も多かった。

不思議な話の尽きない インドネシア 。
何故か日本の古代信仰にも共通点が大いにありそうで、好奇心を擽ります。


 

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続 インドネシアの心霊写真
さあ、大好評だった インドネシアの心霊写真 の続編のスタートです。
大好評だったというのは、全くの嘘で何の反応もありませんでしたが、とにかくめげずに第2弾です。

転送に次ぐ転送で送付されてきた写真なので、真偽の程は確認しようがありません。
その点はあしからず。

G6

おおっ、顔が...。
会社で残業中に撮った写真。 バリ島の爆弾テロの犠牲者が生前に自身の荷物をこの会社に預けてあり...云々と記載があります。 要するにその方が写真に写っているという意味だと思います。

G7

こんな写真は日本にも多そうです。

G8

タバコは吸っていたようですが、こんなに煙がでるほどではなかったようです。
確かにタバコを持つ手の部分というよりは、全く別の場所から発生している煙のような。

G10

同じく不可解な白いモヤ。

G12

これは、 インドネシア で一番有名な写真かもしれない。
インドネシアで心霊写真というと必ずこの写真が出てきます。

さすがにこれは、映画の一部あるいは非常に手間をかけて製作した写真だと思ってますが...。
この写真が本物だったら、ちょっとやば過ぎるでしょう。


現在とってもいいビジネスアイディアがある。
それは、インドネシアで 「 稲川淳二 」を目指すというものだ。

インドネシアの人は、怖がって嫌がる人もそこそこいるが、<怖い話、幽霊話>なんていうのが大好き。 実際テレビでも、<霊媒師と幽霊の戦い>とか<除霊を行う霊媒師>なんて特集も多いが、実際にあった話をまとめ、語り部になっているアーティストがいない。

インドネシアの人口は2億3千人以上の日本より大きなマーケット。
インドネシアのTV業界で現在不在のポジション 「 稲川淳二 」のポジションを確立すれば、インドネシアで活躍するアーティストとして磐石。 
さらに インドネシア には冬がなく、日本人からしてみれば常夏の国。
常に怪談が似合う「夏」なので、365日がビジネス・タイム。
休んでいるどころではないくらい忙しい筈!!(笑)

気が付けば、高級住宅街にプール付きの大豪邸。
どうです、このアイディア。
インドネシア語を学んでいる人には「素晴らしいアイディア」と自負していますが(笑)。


そうか、お前もそんな商売替えを考えていたのか...と思われた方、

 

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インドネシア・ラーメン ミ・アヤム
日本人にはラーメン好きが多い。 それは私も同様で、時折無性に食べたくなる。
ジャカルタの中心やコタ(チャイナタウン)にでも行けば、完全に中華風のラーメンも食せるのだが、郊外にいる身としては、わざわざ出掛けるのは時間の無駄になってしまう。

そんな時は、インドネシア風ラーメンとも言える 「ミ・アヤム Mie Ayam」 を食す。

インドネシア語で、Ayamはトリの意味、Mieがラーメンの様なヌードル。
まあ<インドネシア風チキンラーメン>と考えれば良いだろう。

本日のブランチメニューは、ジャカルタ 内に5軒の店を持つBakmie Ayam Pelangiのミ・アヤム。
偶々遠くないところに1軒お店が存在している。

ミ アヤム1

デリバリーサービスだとこんな箱に入ってくる。
スープはビニール袋。

ミ アヤム2

蓋を開けると、具と麺が整然と入っている。 コンプリートセットで注文したので、バクソが2個、少し甘めの味の付いたチキンとマッシュルーム、そして野菜。

ミ アヤム3

お椀に移し変えて、頂く準備は完了 (涎)!!

これでRp.20,000 約235円。
ちょっといつもより高価なブランチです(笑)。
それでも高いジャンクフードを食べるより、はるかに気分はいい。

ミ アヤム4

お店の名前 Pelangi プランギはインドネシア語で「まだら」という意味です。

麺を良く見て頂くと、3色カラーになっています。
緑は何かの野菜を攪拌したものを混ぜて、赤っぽいのもそんな理由です。
よって通常のミ・アヤムよりも値段が少し高価。

子供の健康に気を使っている現地友人ファミリーは、野菜が嫌いな子供でも、これなら自然に摂取させることが出来ると、ここのミ・アヤムがお気に入りの人もいます。

ああ~、Enak Enak 「旨かった」。 
本日のブランチも美味しく頂きました(笑)。


 

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プロフィール

MASAKI

Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
商品・商材を、日本を含めた世界へ
紹介・輸出しています。
インドネシア情報満載のブログです。



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