インドネシア情報局
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白山、再び
2013年10月19日、世界遺産である霊峰富士山が初冠雪。
今年の白山の初雪は10月12日であった。

霊峰白山へは今年7月に登山(参照「白山登山 2013年7月8日の白山」)したのだが、残念ながら頂上の御前峰、標高2,702mへは至らなかった。

日本の三霊山は富士山、白山、立山。

富士山は25歳の時に登山した。
仕事はしていたが酒ばかり飲んでお金がなかったので、夏休みの海外への旅は断念。
長距離用自転車で東京・渋谷区から新潟・直江津港まで、行程1日半強、2泊の野宿旅をし、道中事故にも巻き込まれたが、壊れたのは私が激突した事故原因を起こした車の方のみで、電車で東京へ戻って来た晩から友人と5合目から登山という、全く褒められない悪しき例を築きつつも、無事登山。

私は学生の頃16歳から土方をメインとしたバイトをしており、黒帯にも売られた喧嘩で怪我度合では圧勝したこともあったので、アントニオ猪木が提唱した「プロレス最強論」ならぬ「ドカタ最強説」を社会人になった25歳ぐらいまで吹聴していた。 馬鹿さ加減はおっさんになっても相変わらずだが、当時を振り返ると「本当に馬鹿だったのだ」とつくづく思う。

反面、若い人がこのブログを読む可能性も想定し「土方はいいよ」と綴っておこう。
下手な運動部より体力は消耗し(=健康+体力増進)、荒れた人々も少なくない(=上下関係+礼儀+実社会における大人のせこい嫌がらせも経験可)のだが、我慢出来れば普通のバイトよりはるかに多いお金が入る(=高収入)。
スポーツクラブで体を鍛えてもお金は払わなければならないが、土方は体を鍛えお金までくれる(笑)。

前回同様の道を車で進み、夕刻遅くに金沢へ。

今回は行き当たりばったりで、KKR HOTEL KANAZAWAへ宿をとった。

白山、再び 4

KKRホテル・金沢は結婚式も出来る立派なファシリティーのホテルだったが、国家公務員共済組合連合会金沢共済会館なので、1人6,000円とリーズナブルな価格の割に、部屋は普通のビジネスホテル同様に清潔でありがたかった。

翌日登山を控え、飲み過ぎは厳禁だと自身にいい聞かせつつも、「金沢にきたら五郎八だろ」という訳で、美味い料理と日本酒で舌鼓を打った。

白山、再び 2

飲み過ぎは厳禁だと自身に言い聞かせたので、ビール後の日本酒は5合位でやめておいた。

白山、再び 3

飲み過ぎは厳禁だと自身に言い聞かせたのに、ホテルへ戻ると感じの良さそうなバアがあったので、寝酒に3杯洋酒を飲んでしまった。

10月12日。
別当出合へ。
土曜日で車の規制があったため、市ノ瀬ビジターセンターよりバス。
白山の山小屋、室堂ビジターセンターが開いている最後の土曜日ということもあり、寒くなってきている割に登山者は結構多かった。

天気はあいにくの雨。
途中、曇りですむのではないかという希望も見えたが、空は青空を見せることもなく、曇りと雨が続く、厳しい天候となった。

白山、再び 5

車で移動する道中では「登山中止」も視野に入れたが、別当出合で曇り・小雨の様子が続いたため、結果決行した。

今回は靴、雨具もしかりで、装備は怠らなかった。
途中から雨が激しい時もあり、ポンチョを使用し登山したが、汗っかきの私は途中までTシャツ半袖で、いいペースで登れた。

一度白山室堂ビジターセンターまで行っているので、ペース配分も考えやすかったのだろう。
室堂ビジターセンターへ目の前のところに来て、手がかじかむ寒さには参り、疲れも感じたが。
別当出合から白山室堂ビジターセンターまで、休憩も入れて、2時間40分で無事に到着。

山小屋チェックインの際に手がかじかんで文字がかけなかった。
寝室で整理と着替えを行い、遅い昼食を口にしたら寒さも落ち着いた。
しかし小屋から出ると猛烈な寒さ。
陽が暮れる時間になると、外は氷点下近く。
雨は小さな氷の塊と化し、この日が白山で初雪が観測された日になった。

室堂ビジターセンターでの夕食は美味しく、山小屋で働いている方々、食材に感謝、感謝である。

白山、再び 6

何よりも温かさが身に染みて有難かった。
そして冷え切った体もビールを飲むほどに回復。
20時消灯なのだが、早々に寝れるわけがなく、20時前まで寝室外の廊下で友人とウイスキー、ワインへと移行。
緊急用として持って行き、ツマミにしたチョコレートがやたら美味かった。

その晩、同室2人の鼾が煩すぎて、ロクに眠れなかった。
その長くて眠れない晩の最大の発見は鼾は伝染するということだった。

しょうがないといえばそれまでなのだが、同行している友人、カミさんが注意をするなり、鼾をかくなとは言わないまでも、登山する者なら少しは周りにも気を配れよと思いつつ、何度も夜中にトイレに行っていると、雨雲は一掃され、夜空は見事なほどの満天の星空だった。

白山、再び 20
一緒だった友人が夜中に撮影

満天の星に眠れない苛立ちを癒され、他人の鼾があったからこそ、この光景を満喫出来ていると考えると、許そうという気になれた。
夜空は語る。 「鼾ごときで人への迷惑がすめばいいけど、君の人生、それではすまない過ちだらけじゃん」 反論はない、出来まい。

夜空が示した通り、翌朝は快晴。
早朝4時半に準備をして、白山の頂上、御前峰を目指し出発。

白山、再び 21

写真よりまわりは明るくはない。
山に沿っている明かりは頂上を目指す人々。

厚着をしたので寒さは気にならなかったが、10月13日の白山は強風、突風が凄まじい日であった。
67キロの体重の私が体を持って行かれそうになるほど突風が凄まじかったので、私より年配の方々は相当厳しかったと思う。

白山、再び 7

頂上へ着き、しばらくするとサンライズ。

白山、再び 22

ここ数年、サンライズを臨むことが多いが、太陽の偉大さ、無償で与えてくれる明かり、温かさ、優しさへ畏敬の念は増々膨らみ、いつみても頭が下がる思いである。

白山、再び 23

白山の御前峰からお池巡りを予定していたのだが、止まらぬ強風で中止にした。

白山、再び 10

そんな決断をした人々が多い日だったと思う。
強行している人を眺めていたが、身体が風で流されているのが窺え、見ているこちらが怖かった。

白山、再び 11

白山の奥宮に参拝。

白山、再び 8

ひょっとすると今世ではもう2度と来ないかもと思うと感慨深いものがあった。

白山、再び 9

お池巡りも視野に入れていたため、お弁当にしてもらっていた朝食を室堂ビジターセンターで頂き、白山を背に下りをスタート。

白山、再び 12

安全に登れそうな最後の休日、快晴。

白山、再び 13

登山してくる人も非常に多かった。

白山、再び 14

危険はないが、登山は細心の注意も必要。
今回は小さいとはいえ、落石にも出くわした。

白山、再び 15

白山の自然は短い秋をあっという間に過ぎ去り、冬の到来を告げていた。

白山、再び 16

下山は休憩も入れて2時間20分で終了。

名残り惜しさもあり、市ノ瀬ビジターセンターを出発後、もう一度、霊峰白山を遥拝。

白山、再び 17

手取川に存在する百万貫の石。

白山、再び 18

凄まじく大きな岩塊なのだが、この巨石は昭和9年7月に発生した洪水で土石流と共に流されてきたそうだ。

歴史は繰り返す。
自然は語る。
どうも人類は今後も地球と自然の驚異に晒されつつ、自業自得の経済問題と戦争という局面に怯えながら進んでいく可能性が高まっているように思える近年。
全ての物質に優る精神の優位性が発露するか、しないかが試される時代が始まっていることを実感させた。

白峰近辺の温泉で汗を流し、着替え、有難いことにもう一度、露天風呂から白山を臨む景色に恵まれた。

白山、再び 19

行きに寄れなかった白山比咩神社と、前回登山前日に靴底がいかれていることに気が付かせてくれた金剱宮に感謝の気持ちを置いて、霊峰白山登山の旅は無事に終了。

来年、日本の三霊峰のうちでは最後の立山を登山する予定。



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長滝白山神社
白山中居神社で参拝を終え、旅の本来の主目的は無事に終了。

白山中居神社から左程遠くない場所に長滝白山神社が存在しているので、そこを旅の最終目的地とし、東京への長い帰路につこうということにしました。

長滝白山神社は主に東海地方の人々が白山へ登る起点となっていた場所である。

長滝白山神社 5

この神社は神社(長滝白山神社)と寺(白山長滝寺)が同じ境内にあり、神仏習合の姿を現在にも伝えている。
明治の神仏分離令までは「白山中宮長滝寺」と呼ばれていたそうだ。
ちなみに白山中居神社は、白山山頂の本社と長滝寺の中間という意味で、その名が付いている。

長滝白山神社 4

聖地白山へ向かうの1つの起点だったので、全盛期には、「六谷六院、神社仏閣三十余宇、満山宗徒三百六十坊」を擁していたと伝えられている。
多くの宿坊があり、白山登山を行う人々の手助けをしたのであろう。
戦国時代頃から勢いを失っていったようだが、「上り千人、下り千人、ふもと千人」と言う言葉が残っているように、多くの人で賑わう場所だったようだ。

長滝白山神社 6

修験道には護摩行という重要な儀礼がある。
ここにはそんな跡も残っており、現代よりも白山信仰が盛んであった時代を偲ばせている。

長滝白山神社 7

現在の長滝白山神社はひっそりしており、ここが人々で賑わっていた場所とは想像もつかない。
それも時代の流れなのだろうが、聖地白山を自然のままに温存すると言う意味では、非常に重要な期間だったのかもしれない。

長滝白山神社も泰澄大師が創建したと伝えられている。

長滝白山神社 1

思えばモーゼの墓、縄文遺跡や博物館、東尋坊などの奇勝以外は、今回の2泊3日の旅は泰澄大師を追う旅になった。

もう一つ、泰澄大師と白山信仰を追う旅の中で、常につきまとっていたキーワードがある。
それは「水」である。
神社でも登山中でも、常に美しい、時には美味しく恵まれたのが、水だった。

水に恵まれている日本にいると気が付かないが、世界では現在約7億人の人々が水不足の中で生活している。 不衛生な水しか得られないために死亡する子供の数は年間約180万人と言われている。

長滝白山神社 8

人が生きていくのに必要不可欠な水は、不足すると食料危機を招き、また飲料水争奪戦だけではなく、電力の元としても紛争の元にもなる。
現在中国とインドはヒマラヤ山脈を水源とする河川でのダム建設による水資源の争奪戦を始め、新たな紛争の火種として懸念され始めた。
既に世界で水資源の争奪戦は始まっており、日本を含めた各国で水による災害が増加しているにも関わらず、不思議なことに新鮮な水が手に入らない状況が増加しそうである。

長滝白山神社 2

人の体の60%は水で出来ている。
水の問題は即生死にかかわるので、今後も世界中で火種となるのは目に見えている。
様々な多く問題を抱えながらも、人々が無駄使いをしなければ、水に関する問題だけは、近未来日本は例外国となる可能性が高いと思える。

結果的に白山信仰と泰澄大師を追う形になった旅の中で、私が唯一再認識させられ戒められたのは「普段忘れがちな水への感謝の気持ちを常に想うこと」であった。

「白山という山をご神体とし、手取川、九頭竜川、長良川、庄川という、4つの大きな川の水源となっていることからもわかるように、白山の神様は水のお力をお持ちです」

長滝白山神社 3

水によって生かされている我々人類。
自然、地球、太陽の恩恵から湧く水に生かして頂いていることを思うと、水は神の分身とも言える。 蛇口をひねれば飲める水が出てくる国は、相当に恵まれていることを肝に銘じて生きなければと痛感させられたのが今回の旅でした。

生命には水の循環が必要であり、その為に人は新たな水を補給する。
常に循環させ、流れを作る中で、少しでも清さを保つこと。
それは体内と健康だけの問題ではなく、人間関係や自身の心の在り方でも大切なことであろう。

世界中で美しい自然を愛する人が多いのは、こちらがその気になって心と目を開き、耳を澄ましていれば、学歴や社会でのしがらみなど関係なしに、自然は様々なことを無償で与え、諭してくれる点に尽きるのではなかろうか。
その感覚を忘れていたり、辛いことが続くと縁遠くなっているから、その無償の愛情や優しさを思い出すために、また自身がそれらを取り戻すために、人は時に自然に触れる旅に出たくなるのだろう。



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白山中居神社と蛇さん
登山ありの2泊3日の旅は、元々は岐阜県に存在する白山中居神社から始まった。
私は昨年の誕生日に初めてそこへ参拝した。

「素晴らしい聖地だった」などの他に持ちうる限りの言語表現を駆使し、私が散々話していたので、旅好きの若い友人はネットで調べ興味が湧いたことから始まっている。
「白山中居神社、時間を見つけて是非行きましょう」と。

平泉寺白山神社を出て、ようやく主目的の白山中居神社へ。
時は短かけれど、長くて濃い旅だったと有難さに包まれつつ、細い道も多かったので、前後に注意を払いながら車のステアリング操作を楽しんだ。

前回とはやってくる方角も異なるので使用する道も異なる。
前から車が来たらどちらかが譲らないと通れない県境の細い山道を通り、幸い車は1台もすれ違わず、また後方からやってくる車も1台もなく、冬は雪がとても深そうなことを感じつつ、夜間の一人運転だと明かりもなく洒落にならない怖そうな道だなと冗談を言いつつ、15時40分頃にようやく目的地に到着した。

白山中居神社 11

白山中居神社が陸の孤島にあることを前回より深く実感した。

バスでも訪問出来ないことはないが、注意は十分必要だし、本数もない。

白山中居神社 12

私はまだ2度しか訪れていないが、前回早い時間に到着した時も、立派な神社なのだが、人気などないし、近くに家は散見できても人を見かけることもほとんどない。
私は限界集落と呼ばれている遠山郷を訪れたことがあるが、白山中居神社近辺は観光地でもないので、遠山郷より更に人や車は見かけない。
昨今、日本では本当におかしな事件・犯罪が多発しているので、そういう場所は1人で、特に女性は訪れる場所ではないのだろう。
広い神社の敷地の中で、滑って転んで足を折っても、誰も助けてはくれません。
携帯で助けを求めることは可能でも、人の迷惑を考慮する気持ちがない人が、神社で祈願しても、どれだけ意味があるのだろうか…。

白山中居神社 10

私は日本の不思議な歴史を追い、近年あちこちの神社参拝を重ねてきたのだが、重ねるうちに神社とは実に見事なシステムであることに気が付いた。

私は怪しい古代遺跡見学が特に好きなのだが、日本の古代人は未来の日本人に対し、託したい気持ちもあり、物凄いアーク=神社を日本のあちこちに設置したのだと最近は強く感じている。
自然への畏怖と感謝、祟りを沈めるため、重要な場所を守護するための結界という意味や東日本大震災で多くの鎮守の森に被害が出なかったように、未来の人々への警告なども秘めているのが、古代から存在する神社であり、また存在意義はそれだけではない。

白山中居神社 9

限られた神社は気がいいという意味では否定しないが、パワースポットと言えるかどうかは、今訪れる人々の気持ちがどこに存在するか次第に左右されるものである。

多くの人々が訪れる場所は、多くの祈願に晒され、霊験あらかたな場所などと喧伝されると、どうしても多くの人々の欲望や自我が渦を巻き、逆に気が悪くなっていないかと思える場所も少なくない。

大自然の機能=森羅万象が働く場所か、人為的には神社の宮司さん達の努力と結果としての祓いがないと、結果、願いを叶える神も何も、仮に何かしかの存在は空間にあるとしても、その場所は腐っていってしまう=正神=誠心=精神が存在しない磁場に落ちてしまう可能性を秘めているのではなかろうか。

白山中居神社 7

結局はその清い場所を生かすも殺すも、訪れる人間の想いなのであろう。
本来神社は自己欲望をお願いする場所ではなく、いまだにきちんとした神社には見られるように、豊穣を神に捧げ感謝の気持ちを表す場所が神社であり、そんな行為や感謝の想念こそが、神社→自然→地球→神へと繋がり、我々人間の元へ帰ってくるという鏡の役割をも果たしているのだと考える。

多くの神社の拝殿奥に鏡が祀られているのは、自身を見つめなおすことだけでなく、現代科学では解き明かせていない人間の想念の力とその正しい使い方を、参拝で訪れた個々の人々に思い出させる如く、鏡や空間を佇ませているのだろうというのが私の最近の結論である。

白山中居神社 6

白山中居神社の由緒書には景行天皇12年(83年)が創祀とある。
近年参拝者が増えたせいか、記帳所横にカラープリントの由緒書が置かれている。
磐鏡がある点で考えると、この場所は現在の神社と言う形態になる前から信仰があった場所であると考えても良いのではと思う。

白山中居神社 4

御祭神は、伊邪那岐、伊邪那美(古事記での綴り)と菊理媛神の白山信仰の三柱はもちろん、この神社の不思議なところは神話の神様がオールスターで祀られている点である。
天照太御神、瓊瓊杵尊、猿田彦神など、由緒書に綴られているが、合計11柱の神様をお祀りしている。
白山を開いた泰澄大師は十一面観音を念じて修行したと言われているが、その11面の本体(分身)である神々をお祀りしたのだろうか…とついつい勘繰ってしまう。

日本は全国に祓いの力が効いており、自己と向き合い、感謝の気持ちを置くには素晴らしい神社が多いが、白山中居神社はその意味で清く美しい聖地であり、大好きな場所である。

白山中居神社 3

それ以外で個人的に別格なのは、伊雑宮、伊勢外宮、今年初めて参拝した玉置神社。
玉置神社は普段クダラナイ冗談ばかり言っている私を黙らせ、同行していた友人2人はとっても不思議だったようだ。
神域では本来そうあるべきなのだが、そうせざるを得なかったあそこには何が鎮まっているのだろう。
御祭神は神社でも珍しい国之常立神。

私は霊感皆無なのだが、ただただ黙って畏怖の念が必要と感じてしまったのが、玉置神社であった。 あの神社は悪魔祓いでも有名なので、「あんたの中の悪魔が黙った」と散々友人達には揶揄されたのだが(泣笑)、宝冠の森まで行き、戻ってくる間は通常よりも厳しい礼が必要な気がしたので致し方ない。
天之御中主神=国之常立神=豊受大神(度会神道)で、伊勢外宮の本当の隠された御祭神と同じ神を祀っているのだと私は考えている。

昨年初めて訪れた白山中居神社は、関東・中部地方の天候に落ちつきがなく、駐車場に車を停めた時も雨が降っていた。
本殿に参拝前後から傘がいらないぐらいに変わり、駐車場に戻ったら、再び大雨で、雨雲と雨雲の間を縫えたような参拝になった。

白山中居神社 5

今回は天気が晴天だったので、以前にも増してあちこちが美しく輝いて見えた。

本殿参拝後、私は隣の天照太御神を祀る新嘗社へ。
若い友人は瓊瓊杵尊を祀る皇祖美社へと本殿左右に分かれた。
参拝に気をとられていても、足元近くでで何か動けば、おそらく十中八九気が付く。
私の参拝はあっさりしているので、若い友人の参拝が終了するのを見計らって皇祖美社へ。
そちらで参拝の礼を始めると、礼儀をわきまえている筈の友人が、本殿と新嘗社の間で何故か「おおっ」と大声をあげたので、横目でチラっと見た。 転んだりした様子でもないので、そのまま参拝を終え、友人の方向へ向かうと蛇(みい)さんがいた。

蛇(みい)さんは天照太御神を祀る新嘗社と本殿の間に出てきたようだ。
私が参拝前後に気が付かなかった可能性もあるが、動くものはさすがに捉えるので、参拝直後に出てきたのだろう。

白山中居神社 1

カメラはリュックの奥にあり、間に合わなかった。
攻撃の気配は全くゼロで、本殿の石畳の間にゆっくりと姿を消したのだが、その後こちらを窺うように石畳の間から何度も顔だけだして、舌をチョロチョロ見せ、可愛かった。

マムシは子供の頃に見ただけでなく、捕獲されそうなカエルを助けようとし、棒でつついてしまい怖い思いをしたことがあるし、インドネシアの自宅では毒蛇を捕獲したこともあるので、その蛇が毒蛇でないことはすぐに分かった。

美しい濃いめの緑色ではっきりとした菱形文様の柄をもち、場所が場所なので餌も豊富なのか、そこそこ肥えていた。
山の中には様々な動物が生息しているので、白山中居神社の立地を考えると、別段驚きや珍しさは皆無。
田舎出身の若い友人と「ヤマカガシかね?」と言っていたのだが、この文を綴るに当たりネット上の写真で確認するとアオダイショウかもしれない。

白山中居神社 2
写真クリック拡大で顔だけは確認出来る。

敵意がなく、何度もこちらを確認するように隙間から顔を見せる蛇は、中々可愛いもので、しばし眺めていた。

そういえば伊勢神宮は蛇と無縁ではない。
先日国立国会図書館で調べ物をしてきたので、そちらと合わせ、近日綴ることを考えている。

杉の大木が多い白山中居神社は、山の中に存在し立地からすると、人を寄せ付けないような場所にも関わらず、とても立派な構えをみせている。
何故古代の人々がこの不便とも言える場所にその様な神社を築いたのか興味は尽きないが、私には知る由もない叡智や真理、霊的深層が影響しているのであろう。

白山中居神社 8

反面、そんなことはどうでも良く、悪い想念で穢されることなく、この素晴らしく美しい澄んだ場所が末永く保たれ、未来の人々へ引き継げればそれだけでいい気がしている。

白山中居神社
岐阜県郡上市白鳥町石徹白第3号48番地
電話 (0575)86-3405(連絡先1)



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プロフィール

MASAKI

Author:MASAKI
インドネシア在住12年。
09年からインドネシアと日本を
半々の生活。
インドネシアと近隣アジア諸国の
商品・商材を、日本を含めた世界へ
紹介・輸出しています。
インドネシア情報満載のブログです。



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